かいごさぶらい<上>テレビ&「さびしいねん」
「もう、おわったんかー?」テレビを見る、その(1)
2005/7/19(火) 午後 0:52
某月某日 認知症の母と暮らすためには、日常生活を規則正しくし、母のそのリズムを崩さないようにすることが、肝要なのだ。
「だれ?、このひと、ここどこや?」
「甲子園やで~、あれはな~ピッチャーやっ」親子でTVの野球観戦だ。
「あーっ、はしってるでー、どないしたん?」
「うん、打ちよった、けど、アウトやねん!」
「なんでや?」
「うん、ボール取られたからな~」
「だれが、とったん?」
「うん、守ってる人や」
「なに、まもるんや?」
「点、取られんようになー、守ってるんや!」
「ふ~ん、にいちゃん、こんなんスキなんか~」
「お袋ちゃんも、知ってるやろ~、ほらー、フレー、フレーフレーフレー、の歌」
「あっ、しってる、そこやったんか?はよ、ゆわんかいな、ほんで、にいちゃんみてたんかいな~」
「そうやんか、一緒に応援しよな~」
「わてもか~」
「タイガース勝ったら、嬉しいやろ~」
「そうかな~、そうでもないけどな~」母は、自分に正直である。
「勝ったら、六甲颪、唄えるで~」
「だれがー?」
「うん、お袋ちゃんも、僕も、皆で唄えるやんかー!」
「うとうてみぃ」チェンジでTVの画面がCMに変わった。
「あら、どこか、いきよった、もう、おわったんかー?」
画面が変わる都度、母は、私にこう尋ねる。今日の試合は長引きそうだから「六甲颪」は母と一緒に唄えないかも。
「きいてへんのかいなっ、きいとかんかいなー!」テレビを見る、その(2)
2005/7/20(水) 午後 0:39
某月某日 認知症は病気である。病気であるから、看護してやらなければならない。もちろん、介護もである。母と共に暮らすということは、母の世界に私が進んで入って行かなければならないのだ。
「0000あるでー、8時になったら、見よか~?」新聞のテレビ欄を見て私が母に。
「ほんまー、みるわー!」
「そやから、お袋ちゃん、早よ、ご飯食べや~」
「わかってるがな、たべてるわー、あー、またこっちみとるわー、なんでやのん?」
「お袋ちゃんが、ご飯食べへんからな、何ぐずぐずしてるんや、思うて見てるんちゃうかな~」と、水を向けてみた。
「そんなことない、さっきから、みとるねん、わて、わかってるわー」
「え~やんか、見てるだけやから」ちょっとからかい気味に言う。
「はらたつねん!、わーわー、しゃべって、みとるからっ!」テレビ画面を睨みつける母。
「うん、喋べりはんのが、商売やから、仕方ないんちゃうかな~」
「あれ、だれや?」
「コマーシャルやから、分かれへんわ」
「ここどこやのん?」
「そやからな~、コマーシャルやからなあー、、、何処かな~?」
「あんたも、わからんのんかいな~、あかんなー!」と、バッサリだ。ある、クイズ番組だ。どこで、CMが入るか解らない。どうやら、母は食事に飽きてしまったらしい。テレビに釘付けになった。
「はっははー、にいちゃん、このひと、おもしろいな~、わてみて、あたまばっかりさげてるわ~」
「そうやな、腰の低い人やな~」
「うん?なにがひくいてぇ」
「うん、腰がな~低い、言う~てんねん」
「わからん?なにゆ~てんのんか?」解らないことは、キッチリ聞く母。
「なー、にいちゃん、いま、なにゆ~たん?」再度CM。
「う~ん、、、、、、、、、、」(母にどう説明しようかと考えていた)。その矢先に。
「なんやっ!、きいてへんのんかいな、きいとかんかいなー!」なかなか母の世界に入り込めない。(修行が足りん)。母の好きなドラマ(水戸黄門)が始まる8時まで、あと5~6分だ。
「あれいれとかなっ、アメふってるで~」テレビを見る、その(3)
2005/7/21(木) 午後 1:33
某月某日 母の世界と現実の世界。夕食後のテレビの前で。
「わー、あんなことして、あほちゃうかー」
「う~ん、危ないことするな~」と私。
「にいちゃん、したらあかんでー」(お袋ちゃんは、やっぱり僕のお母さんや)。
「僕はそんなこと、せ~へんがな」
「また、やってる、もう、だれやっ!」テレビに向かって怒鳴る母。
「何でも、せな、あかんのんちゃうか!」確かに、やりすぎだと、私も思うが。
「きたないなー、もう、やめときんかいな!」と母。(どんな画面かは、ご想像にお任せします)。
「ちょっと、やりすぎやな~」と、私も感想を口にした。
「あたりまえやわ!、だれがこんなことすんねん!」
「ほかのとこ、見よか?」チャンネル権は、母にあり。
「そうしぃ!、こんなんみたないっ!」最近この手の番組ばかりだ。チャンネルを変える。
「ふふ~ん、このひと、だれやったっ?」
「00の人やで」
「にいちゃん、しってんのん?」
「うん、いや、最近よ~テレビに出てはるからな!」
「ふふ~ん、なにしてるん?」
「何処かの、案内ちゃうか?」
「なんか、たべてるで~」
「ほんまやな~」食べ歩きの番組、これも多い。
「にいちゃん、あれいれとかなっ、アメふってるで~?」
「えっ!」と私はベランダを見た。雨は降っていない。と、TV画面が雨になっている。母はベランダの洗濯物を指差した。(う~ん、母の世界はどのような世界なのか)毎日考えさせられることばかりだ。
「ねかして~」寂しいねん、その(1)
2005/7/25(月) 午後 0:27
某月某日 このところの蒸し暑さは尋常ではない。暑さ寒さは、高齢者には堪える。連日の熱帯夜で母も寝苦しいのだろう。
「どうしたん、おしっこか?」母が、四つん這いになって私の寝床へやって来た。
「うん、おしっこやねん」母もウンザリしたような顔付きをしている。
「よし、行こ~うか」
「あついねん、どうしたらえ~かな」(クーラーは出来るだけ入れないようにしているのだが)。
「風邪引いたらあかんから、ちょっとだけ、クーラー入れとこか?」
「そうしてくれるぅ」
「寒かったら言~やっ!」クーラーのスイッチを入れて間もなく。
「ねられへんねん、どうしょう?」と母がやって来た。
「大丈夫や、すぐ、涼しなるからな~」しばらくして。
「おね~さん、おね~さん、さむいねん」
「クーラー止めよか?」
「そうして~、なんか、かぶして~」
「かぶしたら、暑いんちゃうか?」
「あつないっ!、さぶいねん、かぶして~や」こうした、会話が何度か繰り返され、さすがの私も睡魔に襲われ寝込んでしまった。
「うんっ、、、、、、、、、」いつの間にか、母が私の眼前に。
「お袋ちゃん、何時きたんなー!」と。母が、私の寝床にもぐりこんでいたのだ。無論、返事はない。母はすやすや眠っている。(あれだけ何回も起きてきたら、さすがの孟母も疲れるだろう)。朝日がカーテン越しに差し込んだ。
「お袋ちゃん、僕もう、起きるよ~」と、声を掛けて。
2005/7/19(火) 午後 0:52
某月某日 認知症の母と暮らすためには、日常生活を規則正しくし、母のそのリズムを崩さないようにすることが、肝要なのだ。
「だれ?、このひと、ここどこや?」
「甲子園やで~、あれはな~ピッチャーやっ」親子でTVの野球観戦だ。
「あーっ、はしってるでー、どないしたん?」
「うん、打ちよった、けど、アウトやねん!」
「なんでや?」
「うん、ボール取られたからな~」
「だれが、とったん?」
「うん、守ってる人や」
「なに、まもるんや?」
「点、取られんようになー、守ってるんや!」
「ふ~ん、にいちゃん、こんなんスキなんか~」
「お袋ちゃんも、知ってるやろ~、ほらー、フレー、フレーフレーフレー、の歌」
「あっ、しってる、そこやったんか?はよ、ゆわんかいな、ほんで、にいちゃんみてたんかいな~」
「そうやんか、一緒に応援しよな~」
「わてもか~」
「タイガース勝ったら、嬉しいやろ~」
「そうかな~、そうでもないけどな~」母は、自分に正直である。
「勝ったら、六甲颪、唄えるで~」
「だれがー?」
「うん、お袋ちゃんも、僕も、皆で唄えるやんかー!」
「うとうてみぃ」チェンジでTVの画面がCMに変わった。
「あら、どこか、いきよった、もう、おわったんかー?」
画面が変わる都度、母は、私にこう尋ねる。今日の試合は長引きそうだから「六甲颪」は母と一緒に唄えないかも。
「きいてへんのかいなっ、きいとかんかいなー!」テレビを見る、その(2)
2005/7/20(水) 午後 0:39
某月某日 認知症は病気である。病気であるから、看護してやらなければならない。もちろん、介護もである。母と共に暮らすということは、母の世界に私が進んで入って行かなければならないのだ。
「0000あるでー、8時になったら、見よか~?」新聞のテレビ欄を見て私が母に。
「ほんまー、みるわー!」
「そやから、お袋ちゃん、早よ、ご飯食べや~」
「わかってるがな、たべてるわー、あー、またこっちみとるわー、なんでやのん?」
「お袋ちゃんが、ご飯食べへんからな、何ぐずぐずしてるんや、思うて見てるんちゃうかな~」と、水を向けてみた。
「そんなことない、さっきから、みとるねん、わて、わかってるわー」
「え~やんか、見てるだけやから」ちょっとからかい気味に言う。
「はらたつねん!、わーわー、しゃべって、みとるからっ!」テレビ画面を睨みつける母。
「うん、喋べりはんのが、商売やから、仕方ないんちゃうかな~」
「あれ、だれや?」
「コマーシャルやから、分かれへんわ」
「ここどこやのん?」
「そやからな~、コマーシャルやからなあー、、、何処かな~?」
「あんたも、わからんのんかいな~、あかんなー!」と、バッサリだ。ある、クイズ番組だ。どこで、CMが入るか解らない。どうやら、母は食事に飽きてしまったらしい。テレビに釘付けになった。
「はっははー、にいちゃん、このひと、おもしろいな~、わてみて、あたまばっかりさげてるわ~」
「そうやな、腰の低い人やな~」
「うん?なにがひくいてぇ」
「うん、腰がな~低い、言う~てんねん」
「わからん?なにゆ~てんのんか?」解らないことは、キッチリ聞く母。
「なー、にいちゃん、いま、なにゆ~たん?」再度CM。
「う~ん、、、、、、、、、、」(母にどう説明しようかと考えていた)。その矢先に。
「なんやっ!、きいてへんのんかいな、きいとかんかいなー!」なかなか母の世界に入り込めない。(修行が足りん)。母の好きなドラマ(水戸黄門)が始まる8時まで、あと5~6分だ。
「あれいれとかなっ、アメふってるで~」テレビを見る、その(3)
2005/7/21(木) 午後 1:33
某月某日 母の世界と現実の世界。夕食後のテレビの前で。
「わー、あんなことして、あほちゃうかー」
「う~ん、危ないことするな~」と私。
「にいちゃん、したらあかんでー」(お袋ちゃんは、やっぱり僕のお母さんや)。
「僕はそんなこと、せ~へんがな」
「また、やってる、もう、だれやっ!」テレビに向かって怒鳴る母。
「何でも、せな、あかんのんちゃうか!」確かに、やりすぎだと、私も思うが。
「きたないなー、もう、やめときんかいな!」と母。(どんな画面かは、ご想像にお任せします)。
「ちょっと、やりすぎやな~」と、私も感想を口にした。
「あたりまえやわ!、だれがこんなことすんねん!」
「ほかのとこ、見よか?」チャンネル権は、母にあり。
「そうしぃ!、こんなんみたないっ!」最近この手の番組ばかりだ。チャンネルを変える。
「ふふ~ん、このひと、だれやったっ?」
「00の人やで」
「にいちゃん、しってんのん?」
「うん、いや、最近よ~テレビに出てはるからな!」
「ふふ~ん、なにしてるん?」
「何処かの、案内ちゃうか?」
「なんか、たべてるで~」
「ほんまやな~」食べ歩きの番組、これも多い。
「にいちゃん、あれいれとかなっ、アメふってるで~?」
「えっ!」と私はベランダを見た。雨は降っていない。と、TV画面が雨になっている。母はベランダの洗濯物を指差した。(う~ん、母の世界はどのような世界なのか)毎日考えさせられることばかりだ。
「ねかして~」寂しいねん、その(1)
2005/7/25(月) 午後 0:27
某月某日 このところの蒸し暑さは尋常ではない。暑さ寒さは、高齢者には堪える。連日の熱帯夜で母も寝苦しいのだろう。
「どうしたん、おしっこか?」母が、四つん這いになって私の寝床へやって来た。
「うん、おしっこやねん」母もウンザリしたような顔付きをしている。
「よし、行こ~うか」
「あついねん、どうしたらえ~かな」(クーラーは出来るだけ入れないようにしているのだが)。
「風邪引いたらあかんから、ちょっとだけ、クーラー入れとこか?」
「そうしてくれるぅ」
「寒かったら言~やっ!」クーラーのスイッチを入れて間もなく。
「ねられへんねん、どうしょう?」と母がやって来た。
「大丈夫や、すぐ、涼しなるからな~」しばらくして。
「おね~さん、おね~さん、さむいねん」
「クーラー止めよか?」
「そうして~、なんか、かぶして~」
「かぶしたら、暑いんちゃうか?」
「あつないっ!、さぶいねん、かぶして~や」こうした、会話が何度か繰り返され、さすがの私も睡魔に襲われ寝込んでしまった。
「うんっ、、、、、、、、、」いつの間にか、母が私の眼前に。
「お袋ちゃん、何時きたんなー!」と。母が、私の寝床にもぐりこんでいたのだ。無論、返事はない。母はすやすや眠っている。(あれだけ何回も起きてきたら、さすがの孟母も疲れるだろう)。朝日がカーテン越しに差し込んだ。
「お袋ちゃん、僕もう、起きるよ~」と、声を掛けて。
作品名:かいごさぶらい<上>テレビ&「さびしいねん」 作家名:かいごさぶらい