オルコンデリート(前編)
「そうならないことを祈っています~」
「久坂さんはどこへ?」
「分からないですね。でも一つだけ、はっきりしていることがあります。それは~、久坂さんが同じ弁当を食べていないということですね~」
「なぜ分かるんですか」
「簡単です。スタジオに持ち込まれた弁当は五つで、五名の方は完食する前に倒れたからです。発見された時に、食べ掛けの弁当が部屋にありました~」
「もしも、久坂さんも食べていたなら、同じ場所で倒れているはずということですか」
「そういうことですね~。なぜ居ないんでしょう~。何かご存知なら、というのがお呼び出しさせて頂いた理由です。よろしいですか~」
「はあ」
三棚井は亜然とした。しばし中空を眺めて、ぼんやりと記憶を辿る。あのスタジオに取材に行ってから、あの場を離れるまでの出来事が頭の中で流れた。その後、三棚井自身のことについての質問を受け、取り調べ室から出された。
「もう、今日は帰宅頂いても結構です~。お時間頂き、ありがとうございました~」
廊下で待っていた向島と共に、三棚井は署を後にした。署からほど近いファーストフード店に入り、喫煙席でコーヒーをすすりながら、タバコに火を着けた。
「ねえ、私、全然信じられないんだけど。こんなことってあるの?」
「俺だって信じられないよ」
「あなたが言ってたこと、結構、的を得ていたわね」
「何のこと?」
「ほら、久坂さんの発言」
「でしょ。『お引き取り下さい』なんて普通言わないでしょ。不自然だったんだよな。でも、こんなことになるとは思わなかった」
平日の夕方のファーストフード店。署の近くには大学があるらしく、若い大学生の男女が大半の席を占拠している。隣の席の女の子二人は恋愛相談をしている様子。彼氏の浮気が許せない、別れるか別れないかで友達に相談をしていた。向こうの席では、これからバイトだと話す男女がいる。店長がセクハラでどうのと話している。後ろの席では親がマジでムカつくから、いつかぶっ殺すと男の子の声がのたうち回っていた。ガラス張りの喫煙席は、煙が目にしみるほど充満していた。
作品名:オルコンデリート(前編) 作家名:佐藤英典