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長い夜

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   6

 ふと目が覚めた。どれだけの睡眠をとっただろう。眠りは浅かった。
 起きた途端に左手が疼いた。すぐに目を閉じ再び眠りにつこうとするが、痛みによって頻繁に目が覚めてしまい、深い眠りに落ちることは無かった。眠っていないと痛くて仕方が無い。時間を確認する術がないというのはこんなにも苛立つものだったろうか。
 寒さはいっそう増し、寝袋の中にいても肌が露出している部分はとても冷えた。ラグで塞いだ入口は荷物でガッシリと押さえつけたため、舞うことは無かったが、さすがに進入する風を完全に防ぐことはできていない。時折、吹く強い風は蒸気によってせっかく暖まった室温を一気に冷やす。
 思えば、本来の意味での「野宿」らしい野宿はこれが初めてだ。どんなに時間が遅くなろうと、大概はキャンプ場にテントを張っていたし、そのメドがつきそうもないときは、早めにテントが張れそうな空き地を確保していた。過信しているとロクなことはない。無理は禁物だということを、身をもって知ったわけだ。
 瞼をしっかりと閉じ、眠ろうとする。無心になれと自分に言い聞かせる。風の音に耳を傾けてみる。すきま風はまるで何物かの叫びにも聞こえてきた。
 だめだ、集中すればするほど意識に乱れが生じる。ついに、いてもたってもいられなくなった。
「外へ出よう」
 ラグの重石に使っていた荷物をどける。
 ラグが舞った。やはり、風は先程よりも強くなっていた。ジャケットを羽織って外へ出た。
 ススキが風に煽られ大きく揺れている。マグライトから発せられる一筋の光に照らされて穂がキレイに波打つのが見えた。文字通り、それはまるで海辺に広がる波の波紋のようだった。
 なんとなく空気が湿り気を帯びていると思ったら、霧も少し出ているようだった。気温は確実に一桁台まで落ち込んでいるだろう。
 タバコを胸ポケットから取り出し、口に咥えた。この風では火など点きそうもないが、自然と口に運んでいた。咥えタバコのまま、夜空を見上げる。
 突然、突風が吹いた。咥えたタバコが宙に舞った。
 
 視線をタバコが舞った風下へ向ける。
 と、その時、霧の先に「なにか」が見えた。
 光か? 車かなにかのヘッドライトかもしれない。
 その光はだんだんとこちらへ近づいてきているようだが、着けたままのコンタクトレンズが粘ついて視界が悪く、距離感がつかめない。少し寝ぼけていたせいもあってか、特に危機感を感じていなかった為、目の前を通り過ぎるのを待つことにした。
 もう一本、タバコを咥える。例によって火を点けることはできないだろうが。

 近くまできたところで、突然、クラクションが鳴った。二度、三度、鳴らされる。
『なんだ? 邪魔だとでもいうのか?』
 避けるのは面倒だったが、数歩、後ろへ下がった。すると、車は数メートルほど手前で止まったではないか。
 暗さと霧でよくわからないが、黒系統の軽ワゴン車のようだ。
 ヘッドライトが俺とバス停を照らす。パトランプのような物は見当たらない。どうやら警察の車両ではなさそうだ。だとすると地元のチンピラか? 上等だ、腕っぷしには自信がある。それともご近所パトロールか? こんな時間までお仕事とは結構なことだ。
 考えれば考える程、なぜか酷く苛々した。眠れないことへのストレスと左手の痛みによる疲労がピークに達したからだろう。理性のタガが少し欠けていた俺は、自ら車両へ近づいていった。そして、助手席のドアの横に立つと、スモークが貼られた窓を軽くマグライトでノックする。
「コンバンワー。バス停付近の警備を行なっておる警備会社の者ですが、近所を逃走しているひったくり犯を追跡中ですー。少々、車両を調べさせてさせては貰えませんかねぇ?」
 眉間に皺を寄せ、自然と凄むような表情で窓を覗き込んだ。
 警備会社がひったくり犯を追跡するなんて事はありえないのだが、なんとなく勢いで口からでまかせを言っていた。助手席側の窓が開いた。
 そこには・・・・・・見覚えのある顔があった。
「あは、なに言ってんのさ。おじさん」
 なんと、スーパーカブの彼女、凛子だった。
「おまえ! どうして・・・・・・」
「いつの間に警備員に転職したのさ!」
 お腹を抱えて大笑いする凛子。俺はというと、赤くなるのを通り越して顔面蒼白だった。
「うるせぇ! 寝ぼけてたんだよ!」
 無茶苦茶な言い訳だが、そう反論するのが精一杯だった。凛子はさらにそれがウケたのか、涙を流して「ヒーヒー」言いながら笑っている。
 こんな夜中にこんな場所でこんな形で再会してこんなに恥をかくだなんて、思ってもみなかった。直ぐさまにでも土手を全力疾走して逃げたい気分だったが、そんな事はできるわけもなく。
「ちょっと、警備員のおじさん」
 すると、車内の奥から声をかけられた。女性の声だ。
 こちらからは角度的に姿は確認できないが、凛子の隣に運転手がいるようだ。当たり前の話だが。
 腰を折り、中を覗き込むと、運転席には凛子よりも年上、おそらく二十代後盤から三十代前半と思われる、眼鏡をかけたロングヘアの女性がいた。スラっとした美人だ。所謂、知的美人といったところか。
「職務質問は終わりかしら? あたし達、急いでるんだけどさァ」
 彼女は軽く馬鹿にしたような口調でそう言った。最悪の第一印象だろう。つかみはOKだなんて言える余裕はなかった。ひとまずはそれに対しては無言で答える。
「この人なの?」
「そうそ、ガス欠でバイクごと田んぼに落ちた人」
「高砂だ! それにバイクは落ちちゃいねぇよ!」
 最も形容されたくない言葉で呼ばれたのでおもわず声を荒げてしまった。
「へぇ、なんだかタイムスリップしたような格好だねぇ」
 口許に手をやり「クスっ」と笑う。バカにされたような気分だ。いや、バカにされたのだろう。カットオフのGジャンを「タイムスリップ」などと形容され、少しイラっとしたが、まずは状況が把握できなかったので、凛子にそのあたりをたずねた。場の空気を変えたかったのが第一なのだが。
 凛子はやっとのことで笑いが治まったようだった。
「あの後ね、家に帰ったらちょうどお姉ちゃんが夜勤から帰ってきてさ」
「お姉ちゃん?」
「あ、この人、お姉ちゃんです」
「この人ってなんだよ、まったく」
 凛子の頭を軽くグーで小突く。
「冴子よ、よろしく」
 冴子は会釈をしつつも無表情で名前を名乗った。自分も改めて名乗ろうと思ったが、警備員ネタで再びイジられる恐れを感じて、会釈を返すに止まった。
「それで? 何しにきたんだ。一緒にバス停キャンプでもしたくなったか?」
「それはお断り」
 冴子が間髪入れずにそう言い放った。
 凛子よりもだいぶ性格はキツそうな感じだ。あまりこちらには目線を合わせず、バス停の入口でバサバサと舞うラグを見つめている。
「私、閃いたのよ」
「なに?」
「ガソリン」
「ガソリン?」

「冴子お姉ちゃんの車から分けてあげれば、走れるんじゃないかって」

作品名:長い夜 作家名:山下泰文