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長い夜

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   5

 眠りに落ちてすぐに夢を見た。昔のちょっとした思い出話の夢だ。

 自分がバイクに乗るようになったのは、ある人との出会いがきっかけだった。
 免許を取得する直接の引き金になったのは友人による誘いなのだが、あれは十歳かそこらの頃だったろうか、近所の八百屋にお菓子を買いに出かけた時に荷物を大量に積んだバイクに乗ったおじさんに出会ったのだ。
 なにしろ、小学生の頃の記憶なので、それが「おじさん」であったのか、バイクが「ハーレー」であったのかは、鮮明な記憶として残っていないのだが、そのおじさんが髭を蓄え大きなバイクに乗り、当時、読んでいた世紀末モノの格闘漫画の主人公のような風体であったのは覚えている。
 そして、なによりも印象的だったのは、彼が八百屋でバナナを値切っていたことだ。二百円のバナナを百円にしてくれと言っていた。
 青果市場のような場所では当たり前に目にする光景だが、田舎の個人経営の八百屋での値切るという行為に、店主は大変困惑していた様子だった。その様子を後ろでレジを待ちながら見守っていた。
『このバナナ四房で三日は食いつなげられる』
 たしか、そんな事を言っていた。
 そこで、小学生の俺は彼に「よかったらどうぞ」と百円玉を差し出したのだ。
 今考えると、住所不定の本物の浮浪者というわけではないし、百円ぐらいは持っていて当たり前なのだが、子供の理解力では「百円も持っていない人」だと完全に思い込んでいた。そして、正義感からか人助けの精神からか、アイスを買うつもりで持ってきていたなけなしの百円を惜しげもなくレジのカウンターの上に差し出した。
 すると、驚いたことに彼と八百屋の店主は大笑いし始めたではないか。
 俺はキョトンとした。さぞかし喜んでくれるかと思ったからだ。
 なにがなんだかわからなくなり困惑していると、「じゃあ彼に免じて百円でいいよ」とついに店主は言ったのだ。
 そして「決まりだな」と、おじさんはそう言い、バナナを一房もぎとり「分け前だ小さな友よ」と、俺に一房のバナナを手渡した。そして「おまえのおかげで助かったよ」と百円を俺のシャツの胸ポケットに捻じ込み、頭を大きな手で掻きむしられた。実に乱暴で頭がグラングランした。
 それが妙に嬉しかったのを今でも覚えている。小さいながらに一つやりとげた達成感を味わった瞬間だった。
 
 それからしばらく経ち、バイクに乗り始めたのは二十歳の時だ。
 中学生の頃からの親友が免許を取るというので、自分も同じ教習所の門を叩いた。
 車の免許も持っていなかったので、学科から勉強をし始め、実技に至っても最初は苦労はしたが、乗れば乗るほど自分にはこれだという確心とともに、なにかしらの喜びを感じるようになっていた。結果、実技の卒業検定では百点満点というお墨付きを貰い、友人より先に大型自動二輪の免許を取得した。これまでの人生で最も嬉しかった瞬間だった。
 正直のところ、この頃にはバナナのおじさんの事はすっかり忘れていた。
 だがある日、友人の家で見たあるバイクの雑誌を読んだ時、幼かった頃の記憶が蘇った。そこにはあの「おじさん」と同じ様な格好をした人達が、何十人、何百人と写っていていたのだ。ハーレーダビッドソンの存在を知ったのも、この時だった。そして間もなくして、その世界にドップリと浸かっていったのは言うまでも無い。

 さらに十年の歳月が経たった今、俺は「彼達」と同じ様な格好をして、同じバイクに跨って走っている。彼のような「旅」と呼べるほどのツーリングにはまだ出かけてはいないし、普通に会社員として働いて給料を貰っているので、バナナを値切るほどの切りつめた生活もしていないが、彼等の仲間の一員であると思っている。
 百円だろうが千円だろうが、同じ状況に直面したのなら、躊躇無く渡せる自信はあるからだ。

作品名:長い夜 作家名:山下泰文