長い夜
名刺のホームページアドレスを指さして示すと、マグライトの明かりに映った自分の左手を見て驚いた。彼女も驚きの声を上げる。
「な、なにそれ! 怪我したんですか!?」
左手の甲が青ざめ、パンパンに腫れ上がっていた。
寒さで感覚が無くなっていたのか、特にそれほどの痛みを感じていなかったのだが、確かに異様な状態なのは誰が見ても一目瞭然だ。まるで饅頭をまるまる一つ甲に埋め込んだような腫れ方だった。
「ちょっと転んでね・・・。今のところ不思議と痛くないんだよね」
痛いには痛かったが、動かさない限りは我慢できるレベルだったので強気に答えた。
「きっと明日には大変なことになってますよ! 救急車呼びましょう!」
彼女は背負っていたリュックサックをガサゴソと漁ると携帯電話を取り出しダイヤルをし始めた。
「っと、いいって!」
腫れた左手で携帯電話を遮る。軽く痛みが走る。
「でも!」
「ん・・・・・・なんていうか、面倒くさいの嫌いなんだよね」
「面倒くさがるからガス欠なんかになるんじゃないですか!」
なんとも、的を得た指摘だった。思わず息をのみ、固まってしまった。まさか十歳も歳が離れている娘にこんな形で説教されるとは・・・・・。
「なんだ、あれだ、こんな田舎に救急車呼んだら、目立つだろ?」
苦し紛れの言い訳を並べる。とにかく事を荒立てたくはなかった。『ことなかれ主義』ってやつが心情なのだ。
「そうだけど、でも・・・」
「それにこの歳になってだよ? ガス欠したあげくに田んぼに落ちて手の骨折りましたってんで、保護者に連絡が行くなんて、最悪に格好悪いじゃないか?」
「え? 田んぼに落ちたんですか」
彼女の手が動いた。
「おっ、おい」
俺のマグライトを取り上げると、全身を照らす。
さぞかし情けない姿に映っただろう。なにせ、全身がズブ濡れで、しかも、泥まみれである。
どこからどう見ても泥遊びをした後の子供の姿だ。髪の毛も長時間の運転でベタベタだった。
「確かにこんな姿だが、一人でなんとかできるからさ、な?」
「でも・・・・・・」
「大丈夫だって」
マグライトを取り返し、再び一人になりたいことを主張した。
力なしにマグライトを手放した彼女の表情は、少し曇って見えた。いや、多分、気のせいだろう。こんな状況におかれた俺が言うのもなんだが、人の親切をありがたく受け入れないような輩に、これ以上構っても良いことなんてないのだ。
『触らぬ神に祟りなし?』
いや、俺にしてみれば『泣きっ面に蜂』であろう。養蜂所の息子が蜂に刺されたって?
こいつはとんだ笑えない話だ。
風がいっそう冷たく感じた。