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長い夜

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 どのくらい歩いただろうか、携帯電話も浸水で壊れた。時間すらわからない。
 皮肉な事に世の中便利な道具が増えれば増える程、いざそれが使えなくなってしまうと、急にお手上げになってしまう。元々、腕時計はつけない主義だったが、それは携帯電話があったからだ。その主義は、今日までにしよう。
 それにしても車が通らない。通ろうものならどうやってアピールをして引きとめようか、そんな事を考えながら歩いていたのだが、待てども待てども車が通る気配はなかった。
 時折、聞こえてくる排気音に振り向いてみるも、それははるか彼方から聞こえてくる音だったりと、ハズレばかりだった。

♪あれマツムシが 鳴いている ちんちろちんちろ ちんちろりん
 あれスズムシも 鳴き出した りんりんりんりん♪

 虫の声だけがこだましていたので、寂しさを紛らわすために童謡『虫のこえ』を歌ってみたが、気分がまぎれる筈もなく・・・・・・。
 一旦、バイクを止めた。
 少し落ち着こうと胸ポケットからタバコとライターを取り出すと、タバコのパックは中身まで水浸しだった。
「おおおっ!」
 一服させる気も無いというのか!
 煙草とライターを思いっきり遠くへ投げ捨てた。
 しまった、ライターは何かと使えるのに・・・・・・。
 その時だった。
 ススキが風に煽られ大きく揺れた。揺れる音の中、俺の耳はかすかに自然のモノではない響きをとらえた。
『・・・・・・ポンポンポン・・・・・・』
 音がだんだんと近づいてくる。耳に意識を集中させる。先ほどまでの錯覚のような音ではない。この音は、単気筒か。
『スーパーカブか?』
 振り向くと、バイクと思われる一眼の光がこちらへ向かってきていた。
 急いでバイクのサイドスタンドを立てると、次の瞬間には走り出していた。光から二十メートル程の距離に接近したところで両手を挙げ道路に立ちふさがる。

「ストォーーーーーップ!」
「うわぁぁぁぁlーーっ!」
『ガシャン!』
 バイクの主は甲高いブレーキ音を響かせた後、転倒した。
 転倒はしたが、バイクは転倒後も元気良く排気音を響かせている。さすが、カブ、頑丈という名の代名詞だ。
「ちょっと! な、なんですか!」
 カブの無事を感心していると、傍らにいた影に怒鳴られた。どうやら運転手も無事なようだ。声の主をマグライトで照らす。
 マグライトに照らしだされた姿は、まだ十代かと思われる童顔の女性だった。ゴーグル付きの半キャップに眼鏡をかけたセミロングの髪、デニムのジャケットに黒のパンツ姿。首にはスカーフを巻いていた。
「ちょっと!」
 再び怒鳴られた。
「あ、ああ」
 急いでバイクと彼女を助け起こした。
 カブの荷台には大きな箱がくくりつけてあった。バイクはイエローとクリーム色が鮮やかなリトルカブだ。よく見るとシートはレザーとチェック柄のツートーンの物に変えられていたり、リアショックが社外品だったりと、全体的に軽くカスタムされていた。
 勝手な判断だが、彼女の方は大丈夫そうだったので、まずは車体のチェックをした。
 ライトで照らし、ぐるっと見て回る。ゴム製のグリップとステップが少し削れた以外は、外装に大きな損傷はなかった。自分のバイクと同じだ。
「ねぇ!」
「おう!」
 三度怒鳴られて背筋を伸ばす。バイクばかりに気をとられてしまうのが俺の悪い癖だった。
「どういうつもりですか一体! 危うく轢いちゃうところでしたよ!」
 腰に手を当て、見るからに憤慨している。
「ああ、いや、すまんかった・・・本当に、すまんかった」
 藁にもすがりたいととっさの行動だったとはいえ、我ながら無茶苦茶な事をした。状況を説明する前に、とりあえずはひたすら謝る。何度も罵倒されたが、ひたすら謝った。
 三十路を過ぎた男が若い女性に説教をされている姿は傍から見ればまったくもって情けなく映るだろう。程なくして、彼女は落ち着いてきた。
「で、どうかしたんですか?」
 ただひたすら謝る俺に、半ば呆れた口調で彼女は言った。
「いや、ガス欠でね、情けない話だよ」
 少し離れた位置に停めてある愛車をマグライトで指差し照らしてみせた。
「ガス欠って・・・・・・ガソリンスタンドなんて近くにないですよ?」
「マジかよ・・・・・・」
「一番近いところでもあと十キロ以上は・・・・・・それに、二十四時間営業じゃないから店が開くのは朝だと思うけど」
「十キロ以上か・・・・・・」
 いや、スタンドまでの距離をだいたいつかめただけでも収穫だ。先ほどまでの先が見えない絶望感に比べれば、いくらか気分はマシになった。
 単純計算して時速三キロで歩けば、四時間くらいで到着するだろう。
「ありがとう。もうちょっと詳しくスタンドの場所を教えてくれるかな? そうだ、今、何時?」
「?」
「携帯がオシャカになってさ。時間がわかんねぇの」
 水を含んでしまい電源が入らなくなった携帯電話をポケットから取り出して見せる。時刻は午前一時を少し回ったところだった。予想していた時刻とだいたい合っていた。
 ガス欠の経緯はこうだ。
 東京の友人の元から青森に向かって関越道経由で東北自動車道を走っていたのだが、宇都宮を過ぎたあたりから「このまま青森まで走ってしまうのはつまらないな」と思い、北上ジャンクションから秋田自動車道へ進路を変更し、日本海側を攻めることにしたのだ。
 そこで何を血迷ったか、すでに二十二時を周っているというのに高速道路から降りた。ガソリンのことはあまり気にしていなかった。いや、気にしていなかったというより、自分のバイクは近年のバイクのようにフューエルランプなんて物がついていない為、予想以上にガソリンを食っていることに気付かなかったのだ。
 寒さからか調子の良かった車両になにかしら「乗せられ」てしまっていたのかもしれない。友人に話しをしたならばきっと「まったくいつまでたっても馬鹿だな、お前は」と一蹴されること間違いないだろう。勿論、この子にも言えようもない。
「夜明けまで歩けばスタンドには到着する、かな」
 頭の中のアナログ時計で移動時間や店の開店時間を計算してみる。だいたいの時間割表的なものが完成した。途中で野営して三時間ほど寝ると丁度良い計算だ。
 なんだ、単純に考えてみればたいしたことはない。
「で、どうするんですか?」
「まァ、歩くよ。ありがとね。じゃあ」
 彼女に背を向けながら右手を上げると、バイクの方へ向かった。
「あの、ちょっと!」
 すぐさま、彼女も追いついてくる。
「ああ、バイク。傷物にしちまって悪かったな、そうだ、なにか問題あったりしたら、ここへ連絡してくれ。弁償でもなんでもするから」
 ジーンズのポケットから財布を取り出し、会社の名刺を手渡した。会社といっても親の自営業を手伝っているので、実質は自宅の電話番号が書いてあるのだが。
「・・・高砂養蜂所。ハチミツ屋さんなの? タカサゴさん」
「ああ。近所が有名なみかん農園だから、良い蜜が取れるよ。美味いぞ」
「へぇ」
「最近、ホームページを作ったからな、よかったら注文してくれよ」
作品名:長い夜 作家名:山下泰文