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ツカノアラシ@万恒河沙
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有馬琳伍氏の悲劇、もしくは24人の客

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V氏の日記と殺意


古本市に行ったところ、何故か私は古ぼけた日記帳を手に入れてしまった。この日記を仮にV氏の日記と呼ぶことにする。V氏は、どうやらとある名家の長男らしい。家族構成は、父母に加えて腹違いの姉弟がいるらしい。前半は、普通の日記だが、夏過ぎから色々と「A progeny of Cain」やら「洗礼の日」など奇妙な事を書いているのでここに、そのことと関係した記述を抜粋したいと思う。
【八月三十日】お父様は、病弱な弟のために東四柳某と言う医者を呼んだらしい。優男だが男前な容貌で、女中達が騒いでいる。お母様は、弟なぞ放っておけば勝手に死ぬのにと憤慨する。もしかすると、お母様は、弟に毒でも盛っていたのかもしれない。それくらいはしかねない方である。私と言えば、最近少女のような弟を組み敷いて汚す夢ばかり見る。何故だろう。もしかしたら、絵で見た事のある死んでしまった女性に弟が生き写しだからかもしれない。私はお会いしたこともないまま死んでしまったあの女性に恋をしているのかもしれない。あの絵は私が隠す前にお母様が焼いておしまいになってしまった。姉の方も娘だけあってあの女性に生き写しだが愛でる対象としては気が強いし、あの女性の息子だった病弱で温室育ちの弟の方をあの女性を夢の中で投影するのに具合良いのだろう。
【九月十三日】友人誘われ、かなてより興味のあった「A progeny of Cain」に参加する。町外れの黒森の廃屋が私達の会合場所だ。十字架に骸骨を飾った変わった置物が置いてある。固いパンと何やら年代物だとか言うどろりとしたワインを振舞われる。ワインは美味しいと言うよりも、何やら鉄臭かったが飲んでいる内に不思議な陶酔感が広がって行った。そして二十四人の選ばれし青年は、不比人様より刻印を戴く。首筋に歯を立てられた時は、火傷を負ったような気がした。家に帰って鏡を見ると首筋に二つ傷があった。明日からは、首筋まで隠れる服を着なければと思う。
【十一月十五日】一週間旅に出ていた医者が帰って来た。何やら大きな箱を抱えている。久しぶりの顔に女中達ところか、弟も嬉しそうである。私は箱に入ったものが何だか気になり、誰もいないのを確認して箱の中を覗く。箱の中には、上半身が赤ん坊で下半身が魚の姿をした奇妙な生き物が入っていた。
【十一月二十日】いつのまにか、奇妙な生き物が入っていた箱がなくなっていた。あれは何だったんだろうか。
【一月五日】弟と医者の不健全な関係を目撃してしまった。隣の部屋の覗き穴で弟の部屋を覗いていると、医者が弟を汚す姿を見てしまったのである。前に一度、弟がひとり遊びをしながら医者の名前を呼んで果てる姿を見ていたので、もしかしたらと思っていたら、とうとう現場を見てしまった。私は淫蕩な光景を見たことで、あの女性の儚げで清純なイメージ崩れていくのを恐れる。汚れてしまった弟と、汚した医者を憎む。どうしたら、またあの女性が私の脳裏に戻ってくれるだろう。そればかり、最近考える。あと三ヵ月後に洗礼の日を迎えるのに、ああこの体たらく。
【二月二十五】弟と医者の関係は続いている。弟と医者の関係をお母様に言えば、喜んでお父様の耳に、この事を入れるだろう。弟を永久にどこかに追い払うために。私をこの家の跡継ぎになれるように。質実剛健、男子こうあるべきの信念をお持ちのお父様の耳に入れば、さすがに弟だって許されまい。元々、お父様の妾だったお母様は、正妻の子だった姉弟を八つ裂きにしたい程憎んでいた。私自身と言えば、あまりこの家にお母様のような執着は感じない。だいたい、お父様はS家の婿養子だし、私がこの家をついでしまえば、血と言う意味ではSの家は断絶することになる。お母様が長男である私を生んだのに、堂々とお屋敷に出入りできなかった理由はお父様自身はS家と関係ないと言うことにつきる。それよりも何倍も私は医者が憎い。どす黒いものが込み上げてきそうである。「洗礼の日」と言えば、この悶々とした胸の内を、不比人様に話すと、一つの解決策を与えてくれた。確かにあの医者がこの世から永久にいなくなれば、胸がすっとするに違いない。不比人様の言うとおり、ぜひとも明日、決行しようと思う。そういえば、先日不比人様に、「XXXXX」と言う薬を知らないかと聞かれる。しかし、実際には式部の家の人間ではない私には解らない。
【四月四日】お母様がこのひと月、お母様が知らなかった事を知っている事にして騒いだ結果、弟は欧州に遊学と言う形でS家を出て行くことになった。要するにある程度金を与えて二度度帰ってくるなと言う意味である。水乃は散々反対したが、いまやS家の実権を握ったお父様には逆らえなかったのである。弟を可愛がっていたご隠居も何も口出ししなかったのは不思議である。見送りは姉の水乃ひとりと言う寂しい旅立ちの筈だが、医者が行方不明になってしまった事で沈み込んでいる弟は気にもならないらしい。小さな小箱を片手に、解放されたかのような面持ちでS家を出て行った。そういえば、このひと月、弟は時折私の事を凄い目で睨んでいたが、何故だろう。私は弟がこれ以上汚れないために、正しい事をしたというのに。明日の「洗礼の日」が終わってS家と縁が切れたら、私は弟を迎えに行こうと思う。どこにいようとも探し出してみせるつもりである。そして弟の憎しみに赦しを与えるのだ。弟もこの私の寛大な心に、私に対してひざまずくに違いない。
V氏の日記はここで、途切れている。いったいこの後、V氏はどうしたのか知りたい所であるが、想像にお任せするしか術はない。