有馬琳伍氏の悲劇、もしくは24人の客
S家の醜聞と人魚の肉
式部の家に、その客人が訪れたのは、晩夏の事だった。式部の家では病弱な次男のため、幼馴染の東四柳某と言う若いが腕の良い医師を招いたのである。しかし、春が来る頃には医師どころか、次男までエス家から姿を消してしまった。二人は駈け落ちしたとか、はたまた誤って次男が亡くなったので袋叩きを恐れて医師が逃げ出したとか。以下は、私が独自に聞いたエス家の醜聞である。
(小間使い某の話)
お医者様の話ねぇ。(珈琲を前にして)水継様は見目麗しいって感じだけど、お医者様は優美で格好良かったから、私達の間では人気があったのよ。噂では、何人ものお女中を仲良しになったみたいよ。うっふっふ。そうねぇ、お医者様は、水継様がいなくなる前あたりから、水継様のために毎日魚のお肉を用意されていたわね。お医者様が特別に手に入れたものらだと言っていたのを覚えているわ。え、水継様とお医者様の関係?(ケーキに手をつける)お医者様は水継様の男色のお相手って、噂もあったけど、どうなのかしら。彼、女好きだったしね。お手つきになった子、何人も知ってるわ。え、あたし、うっふっふ、教えない。それで、水継様の件については、私がお屋敷にいた頃は、そんな事見たこともなかったわね。そもそも、奥様がS家から水継様を追い出すためにでっちあげた話って言うしね。(再度ケーキを頼む)まあ、水継様とお医者様なら絵になりそうだけどね。
(元女中某の話)
私は一度だけ、水継様がお部屋で自慰をなさっている所に出くわした事がありますの。あれは、たまたま、寝室のシーツを取り替えるの忘れていて、慌てて取替えに行った時でしたわ。まだノックをしないで、お部屋の様子が解るほど熟練していなかった頃です。ノックをしても返事がないので、誰もいないと思って扉を開けた途端に、喘ぎ声が聞こえたものですから、びっくり致しましたわ。まだ私もお屋敷にあがって間もない頃でしたので、ノックをしなくても内部の様子が解るほどではありませんでしたから。不幸な偶然ですわね。水継様の眉ねを寄せた悩ましげなお顔は、女の私が見てもなかなか色っぽいものでした。水継様は、どなたかの名前を小声で呼んでいたようですけど、声がくぐもっていて聞き取れませんでしたけど。一体、どなたの名前だったのでしょうか。未だに謎ですわね。でもね。
じつは、もっと驚いた事がありましたの。水継様の部屋に行く前に、お隣の部屋に行ったのですが、隣の部屋で水継様のお兄様が、覗き穴から水継様の部屋を覗いていたことでしたわ。そのときは、変わった事をなさっているとは思っただけで理由は解りませんでしたけど。水継様はお兄様の行動をご存知だったのでしょうか。また、水継様のお兄様は水継様が呼んだ名前を聞き取られたのでしょうか。今となっては、神のみぞ知るですわね。あら、このことは、ないしょですわよ。
(家庭教師Cの話)
ドクターは日本の伝説に興味がおありでしたね。特に若狭の八百比丘尼の話に興味をお持ちでした。そういう事にお詳しいご隠居様の書斎に良く出入りされていて。実際に休暇の時に若狭に行かれたほどで。いや、ここだけの話、若狭からドクターが大きな箱を持ち帰ったそうです。ご隠居様の用事だったらしいですが。メイド達は何だか得体の知れないもの入っているんじゃないかと言っていましたね。何でも赤ん坊のような、不気味な声が箱から聞こえたそうです。ドクターが箱を捨てた後、箱を覗いた女中によると、今まで見たこともない綺麗で大きな鱗が入っていたそうですが。ドクターよりも不審な行動をと言えば、ご長男の方ですね。『A progeny of Cain』とかいう、上流社会の若者の秘密結社のような所に入っておいででしたね。お母君は全くご存知じゃないようでしたが。聞いた話によると、『A progeny of Cain』は、サンジェルマン伯爵の弟子と言う触れ込みの不比人とか名乗る少年が主催しているそうす。彼に気に入られると「洗礼の日」と言う日を経て、側近になれるそうですよ。ただ、「A progeny of Cain」の会員は、特に美少年、美青年の変死がとても多いと言う話です。理由は、何故だかは解りませんけどね。
(庭師の証言)
作品名:有馬琳伍氏の悲劇、もしくは24人の客 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙