有馬琳伍氏の悲劇、もしくは24人の客
O公爵夫人の昼下がりと噂
ミラルカ・オルランドゥ公爵夫人は、吸血鬼の中でも長生者の部類に入る。彼女の話によると、十の時に従兄弟に輿入れに行く途中で、カインの末裔のひとりに襲われたそうである。おかげでオルランドゥ公爵夫人は、いつになっても十のまま。老成した言動をする少女に見える。現在、公爵夫人は、
息子(娘)と言って良い水継の跡を追ってこの極東の地を訪れ、この地で『白薔薇の館』と言う娼館を経営している。それでは、オルランドゥ公爵夫人の優雅な昼下がりのはじまり、はじまりー。
「あら、お珍しい姿でいらしたこと」と、ロココ調の貴婦人の格好をしたオルランドゥ公爵夫人が、羽付きの扇を仰ぎながら、わざわざ呼び出した美少年に向かってにっこり笑った。
「この間は大変だったみたいね。ストーカー女が寝台の上で包丁を持って帰りを待っているなんて、そうそう経験できないことよ、水継」
「残念ながら、包丁持って帰りを待たれてたのは、僕じゃないんだけど」
珍しく男物の和服を着ている式部水継が、うっすらと笑って返事をした。先日の顛末を思い出して笑っているのだろう。だいたい、あの男がモテすぎるのがいけないのである。東四柳和馬と言う男は、人だろうか、化け物だろうか何でも惚れられる事が多い男なのであった。その上、基本的には来るものは拒まない精神の持ち主である。口の中で笑いながら、水継はオルランドゥ公爵夫人から、差し出された手に恭しく軽く口付けする。
「あなたも、ある意味同罪じゃなくって?」オルランドゥ公爵夫人は、くすくすと揶揄かうように笑う。何もかも解っているのよとでも言いたげな、その姿は可憐な少女そのものだった。言っている内容は可憐な少女に、似つかわしくないシロモノではあったが。水継は、その言葉に眉を顰めて憮然とする。どうやら、自分に全くこれっぽっちも、見事なまでに責任なしと考えているらしい。
「そこまで、露悪趣味ではない。女装だって、単なる趣味だ。似合うんだから、いいでしょう。一度だって、女とは言っていないし。そんな事はどうでもいいです。で、何の用事でしょう」
「それは、開き直りと言うのでは?あら、つれない。つまんないわねー。いじりがいがなくってよ。ああ、例の墓所にヒトをやっておいたわよ。残念ながら、空っぽ」
少女は、ころころと玉を転がすように笑った。証拠の写真をひらひらと見せる。水継は写真を受け取ると、思いっきり顔を顰めた。あーあ、やっちゃったとでも言いだけな表情である。
「空ですか?うーん、厄介な物が取られちゃったなぁ。だいたい、あのくそじじいが、変なもの集めたりするから、こんな事になるんだ。何にも言わずに、ヒトを勝手に番人にして」
「そうよねぇ、だいたい自分好みを襲うなんてアナクロよね。今だったら、献血車を経営するとか、強奪するとか、謎の献血ルームを作るとか色々手段はあるのよ。血は血に決まってるじゃない。そんなの八百屋さんで、野菜を選ぶのと同じじゃないの。偏食は良くありませんわ。だいたい、あんなに犠牲者出しちゃ、ヒトの迷惑にならないよう、つつましく大人しく生活しているあたくし達が暮らしにくくなるじゃないの。たいした迷惑ですわよね」
オルランドゥ公爵夫人は、言っている内にいきりだってきた。拳を固め、演説でもしているかのようだった。何だか話が噛み合わない。それに何か間違っているような気がする。水継はいきり立つオルランドゥ公爵夫人に、曖昧な笑顔を向けて言った。
「美学なんじゃないの。ああいうヒトには、できるだけ関わりたくないんだけどなぁ」
作品名:有馬琳伍氏の悲劇、もしくは24人の客 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙