有馬琳伍氏の悲劇、もしくは24人の客
N氏の災難と招からざる客
エヌ氏は泥のように眠っていた。いや、眠っていた筈である。しかしN氏の素晴らしき睡眠は、突然の招かれざる客で眠りを破られた。エヌ氏の寝室には、青年二人と少女が一人立っていた。窓の外には、赤い月。エヌ氏は不審者に向かって何か言おうとしたが、声どころか体も動かない。完全な金縛り状態であった。エヌ氏は仕方なく、彼らを観察するしかすることがなかった。紺色の背広を着た青年は、何やら右手に銀色の鍵、左手に地図のようなものを持っていた。暫く、部屋中を見回していたが、どうやら目的のものを見つけたらしい、天井を開けて黒い箱を取り出す。箱はお札やら、紐やらで丁寧に密閉されていた。暫く、青年は鍵を片手に色々やっていたが、どうやら箱が開かないらしい。やる気のなさそうな青年に、紺色の背広を着た青年が言う。「どうやら、鍵穴が合わないぞ」やる気のなさそうな青年は、応えた。「合わないなら、仕方ないじゃないですか。今日は諦めましょう」紺色の背広を着た青年は、言う。「折角ここまで来て、諦めろというのか。この先に待っているのは、夢と冒険のロマンかもしれないんだぞ」少女が、頭を振って嘆息する。「かくなる上は仕方ない。お前ら、ここで新しいのを出せ」紺色の背広の青年のその言葉に、少女の頬か染まる。やる気のなさそうな青年が言う。「見世物じゃないんですけど。しかも、ここの鍵が出てくるとは限らないし。だいたい出歯亀ですか、お前は」何か論点が違うような気がする。紺色の背広の青年は、暫く考え込んでいたが、ぽんと手を打った。いい考えが閃いたらしい。「仕方ない、目隠しと耳栓をしといてあげようじゃないか」何故か恩着せがましい。ごそごそと、紺色の青年は目隠しと耳栓をどこからともなく取り出してしっかりと装着した。少女はふるふると首を振っていたが、やる気のない青年は納得したらしい。少女を小脇に抱えるてエヌ氏の寝台まで連れてくると、少女をゆっくりと押し倒した。何てはた迷惑な輩であろうか。その時、エヌ氏は少女だと思っていたのが、少年であることに気がついた。
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新たな銀色の鍵を手に入れた、紺色の背広の青年。威風堂々。意気揚々。前途多難。レベルアップは近いぞ。背広の青年は新たな鍵で、再度鍵穴にチャレンジした。カチッと言う音と扉が開く音。中には灰の入った小瓶。小瓶を取り出して、青年は舌打ちをする。「よりによって『ヘルベルト・ファン・クロロックの灰』だ」紺色の背広の青年はご丁寧に『ガーン』と書かれたプラカードを背負う。「どうするよ、これ」と背広の青年がやる気なしの青年に渡そうとした時、横から入ってくる黒い影。窓から鴉が飛びこんできて、小瓶を奪い去った。「見張られておったか」疲れたような少女の声。そりゃあ、疲れるもするよとエヌ氏は思う。ヒトの横であんな事や、そんな事をしていたんだから。金縛りにあって動けないと言えども、置物か何かのような扱いは悲しい。「どうするよ」背広の青年の問いに、やる気なしの青年はあっさり言う。「見なかった事にしましょう」(おいおい)「式部のお姫さんに殺されるぞ、お前」背広の青年が呆れたように言う。しかし、やる気なしの青年の決意は固かった。「時間外就業をしないポリシーなんですよ。残業代でない事ですし」そういうものだろうか。彼らが立ち去ってから、そういえばと、エヌ氏が思い出した。僕は、二日ほど前に死んでいたんだっけ。金色の瞳の綺麗な少年に襲われて、血を吸われて死んじゃった。じゃあ、これはいったい誰が、これを見ているんだろうか。エヌ氏は、自分の半透明の体を見下ろしてひとりごちた。御伽噺のような夜だった。
作品名:有馬琳伍氏の悲劇、もしくは24人の客 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙