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ラベンダー
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銀髪のアルシェ(1)~救いを求めない悪魔~

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「さ、お2人とも座って下さい。ザリアベルさん、シチューは初めてだったんですって。人間だった時も食べたことなかったって。」
「…そりゃそうだろう…時代が違う…」

浅野が圭一の言葉に思わず呟いた。
浅野とリュミエルはザリアベルの向かいに座った。

圭一が、シチューの入った皿を、浅野とリュミエルの前に置いた。

「どうぞ。ザリアベルさんも美味しいって言ってくれましてね。2杯目なんです。」
「…はあ…」

浅野とリュミエルが緊張しながら、スプーンを取り食べ始めた。

「悪魔がこういうの食べると…後はどうなるんですか?」

浅野がザリアベルに尋ねた。天使が食べると、食べ物の元になった魂は天に召されるのだが…。

「知らん。」

ザリアベルがそう答えた。

「…ですよね。」

浅野はそう言って、シチューを口に運んだ。

「…こっちには何をしに来たんですか?」

リュミエルがいきなり言った。浅野は驚いてリュミエルを見た。

「リュミエル!ばかっ!」
「彼に会うためだ。」

ザリアベルは、圭一をちらと見て言った。

「?…僕にですか?」

ザリアベルの隣に座った圭一が不思議そうに言った。

「最近、下っ端の悪魔たちが騒いでいるものでね。…その騒ぎの発端を確認に来たんだ。」
「!?」

これには、浅野もリュミエルも驚いた。

「確認に来ただけですか?」
「……」

ザリアベルが黙り込んでしまった。浅野とリュミエルはぞっとした。
…もしかすると、本当に圭一を殺しに来たのかもしれない。だが殺すつもりなら、とっくに殺しているはずである。

「…人間だった事を思い出したよ。ありがとう。」

ザリアベルが圭一にそう言うと、立ち上がった。

「え?帰るんですか?」

圭一も立ち上がった。何故か浅野とリュミエルまでが立ち上がっている。

「ああ。今日は帰る。」

ザリアベルはそう言うと、玄関に向かって行った。

「…また…来て下さいね。」

圭一が玄関まで見送りながら言った。
ザリアベルは圭一にふと振り返ったが、何も言わずに玄関を出て行った。

浅野とリュミエルも圭一の後ろで立ちつくしていた。

……

「なんなんだ?…どうしたらいいんだ…俺たち…」

浅野が、シチューを前にして頭を抱えている。リュミエルも食が進んでいない。

「いい人でしたよ。歌が好きなんですって。」

圭一がザリアベルが食べた後の皿を洗いながら言った。

「歌ぁ!?」
「ええ。軍隊にいる時、士気を高めるために、よく仲間と歌ったんだそうです。…でも、その仲間達をすべて失ってしまったって…。」
「なるほどな…軍歌か。」
「僕、今「フィンランディア賛歌」の稽古をしているんですってザリアベルさんに言ったら、ご存じなかったようで…。」
「そりゃ、知ってたらびっくりする…。」

浅野が突っ込んだ。

「「フィンランディア賛歌」は、フィンランド人を讃える歌で、皆で力を合わせて突き進もう…みたいな歌詞なんですよって言ったら…自分たちが歌っていた歌に似てるっておっしゃって…」
「…で、圭一君、歌ったのか!?」
「いえいえ…。まだレッスン中なので歌いませんでしたけど、一度聞かせて欲しいっておっしゃってました。…だから、がんばって練習しなきゃ。」

圭一のその言葉に、浅野はリュミエルに小声で言った。

「…ザリアベルって悪魔だろ?…動き封じこまれるのわかってて…歌を聞くのかな…?」
「……」

リュミエルがスプーンを持ったまま、黙り込んでいる。

「封じ込められたらいいが…。」

そのリュミエルの呟きに、浅野がぞっとした。

「…確かに…封じ込められずに、もし本気でかかってこられたら…俺たちも圭一君もひとたまりもないな…」

呑気に鼻歌を歌っている圭一の後ろで、浅野とリュミエルはその場に固まっていた。

……

夜中-

浅野はマンションの自室のベッドから飛び起きた。

「!!…なんだ!?この胸騒ぎ…」
「アルシェ!」

リュミエルが突然現れた。

「ばか!浅野やってる場合じゃないぞ!悪魔の集団が、海の上まで来てるんだ!」
「悪魔の集団!?」

浅野は銀髪のアルシェに姿を変えて、ベッドから立ち上がった。
リュミエルがうなずいて言った。

「たぶんマスター(圭一)を狙いに来てる。」
「…ザリアベルが呼んだのか?」
「…わからないが…だとしたら…俺たちだけじゃ無理だ。」
「だが…大天使様を呼ぶ時間がないな…」
「とにかく行こう!マスターを連れ去る前になんとか引き留めるんだ。」
「…よし…」

アルシェ(浅野)とリュミエルは姿を消した。

……

埠頭に移動したアルシェとリュミエルは、驚きのあまり固まった。
海の上に、悪魔の大群が空を黒く染めている。今日は満月のはずなのに、光がほとんど届いていない。
リュミエルが、その悪魔の大群を見て言った。

「…何故か、ここから動かないんだ…」
「ザリアベルに止められてるんだろう。…しかし、どうすればいい…」

アルシェが弓を持ちながら、唇をかんだ。

「今のうちに、1体ずつでも消滅させるか?」
「いや、向こうが何もしないのに、こっちが手を出すわけにはいかない…」

アルシェとリュミエルはただ、悪魔たちとにらみ合いながら立ちすくんでいた。

その時、足音が聞こえた。ゆっくりこちらに歩いてきている。

ザリアベルだった。

赤い目を光らせて歩み寄るその姿に、アルシェ達はぞっとした。

「ここに圭一君がいないのが救いだが…」

そうアルシェが言ったとたん、タクシーが走り去る音が聞こえた。ザリアベルが立ち止まった。

「!?まさか!!」

圭一がキャトルを抱いて、ザリアベルの後ろから駆け寄ってきていた。だがザリアベルは振り返らない。ただアルシェ達の方を向いて立っている。
圭一が叫んだ。

「アルシェ!リュミエル!」
「ばかっ!なんで来るんだ!?」

アルシェがそう言ったが、ザリアベルが間にいるため、アルシェもリュミエルも動けない。

悪魔たちが騒ぎ出した。

「…もうだめだ…。」

アルシェが弓を下ろして言った。リュミエルがアルシェに言った。

「ばか!あきらめるわけにはいかない!俺たちがやられても、マスターだけは守らないと…」
「…それはわかってはいるが…どうやってザリアベルをやっつけるというんだ。」

アルシェが呟くように言った。今、アルシェ達は悪魔たちとザリアベルの間に挟まれた最悪の状況だ。
悪魔たちが一斉に羽を羽ばたかせたのがわかった。
アルシェとリュミエルは条件反射で振り返り、アルシェは弓矢で、リュミエルは光の刃で悪魔たちを攻撃した。

「もうこうなりゃやけだっ!!」

アルシェが次々と光の矢を出現させ悪魔たちを射ぬいていく。しかし悪魔たちの数が減る様子がない。

「なんだよ。この終わらないゲームみたいな状況…」

口では呑気な事を言っているが、表情はいつものアルシェではないほど歪んでいた。リュミエルは何も言わずに光の刃を放っている。

「アルシェ!リュミエル!…」

圭一が駆け寄ろうとするのを、ザリアベルが片手を開いて止めた。

「ザリアベルさん?」
「…そういうことか…」

ザリアベルの呟きに「え?」と圭一が聞き返した。