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骨まで愛して

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 何となくそうしたくなり、手を合わせた。もう少しましな会社に転職出来ますように。彼女が出来ますように。何の縁もない仏に厚かましいお願いをした後、薄目を開けて、墓石を観察した。構造がまるで分からない。立花家の骨は一体どこに納まっているのだろう。納骨をした経験のない僕は、途方に暮れた。万引き少年のように周囲を見回し誰もいない事を確認した後、蝋燭立ての辺りを持ち上げてみる。石はびくとも動かず、あまり乱暴な事をすると今度は立花家に呪われそうだ。遠くに人の声がする。僕はひとまず退散し、また日を改める事にした。
 駅に戻る道で、二度車に轢かれそうになった。背中に当たる骨壷の感触が、まるで誰かに拳骨で叩かれているように感じた。怖くなって早足になると、当然の事だが、殴られる力が強くなる。
「分かったよ…。日が暮れたらもう一回戻るから」
 僕は背中のヨシユキに許しを乞い、夜まで時間を潰す事にした。
「ちょっとだけパチンコしていい?」
 夜の九時過ぎに、原因不明の腹痛に襲われるまで、僕の台は当たりっ放しだった。


 万札で一気に膨らんだ財布から小銭を出して、駅前の百均で懐中電灯を買った。カモフラージュ用に線香と蝋燭とチャッカマンも買い、真夜中の墓地に向かう。夜の墓場はしんとして、不気味だ。僕は小便を漏らしそうになる程怯えながら、また立花家の墓前に立った。恐る恐る線香を入れる炉の中に手をかけ、持ち上げてみる。びくともしない。左右の蝋燭立ての間にある面が、上にスライド出来そうに見えて、なんだここかよと早合点したが、指をかける隙間すらない。
「無理だよ…。悪いけど置いて帰るよ…」
 リュックサックから骨壺を取り出し、蓋を開けた。巾着型の骨袋を取り出し、口紐を弛める。僕は方針を変え、線香受けの中に骨袋を置く事にした。空かないものはどうしようもない。納骨にはきっと何か重機のようなものが必要で、墓石ごと釣り上げるのではないだろうか。となると、僕の力では到底無理な話だ。懐中電灯で手元を照らす。口紐の結び目が、うまく解けない。
 足音に振り返る。
 迂闊だった。逆光の人影が一つ、墓場に入ってくる。僕は懐中電灯を消し、ヨシユキの墓石の裏に隠れて息を潜めた。
 見付かっただろうか。影は真っすぐに、こっちの方に向かって来る。僕はどうしていいか分からなくなり、冷や汗を浮かべながら作り笑いをした。ハイヒールが、コンクリートを叩く。近付く影は、長い髪の女だ。二十代の後半だろうか。会社の出勤着のようなブラウスに膝までのスカート。肩からはB4の書類が入るサイズの茶色いバッグを提げている。ぼんやりと見え始めた顔は顎が細く、鼻筋の通った美人だ。大きめの瞳は僕を見ていない。
 女の足が、目の前で止まった。僕と女は、ヨシユキの墓を挟んで、対峙している。
 涙。
 女が涙を零した。まるで表情を変えない勝ち気な瞳から流れ落ちる涙。僕は息を呑んだ。
「ショウゴ…ヨシユキ…連れて来たよ…」
 女は確かにそう言って、茶色いバッグの中に手を入れた。形の良い指が、黒い茶筒のようなものを掴んで、また現れる。
 あっ。声が漏れそうになる。女の掴んでいる物は、僕のものと同じ骨壺だ。
 女は黒光りする筒を墓石に置き、両手を合わせた。新しい涙が、また、頬を伝って、顎先から落ちた。
「よしっ」
 決意したように目を開けた女が、墓石を探る。僕がやったのと同じように線香を入れる炉の部分に手を入れ、を持ち上げようとした。間違いない。女も僕と同じ事をしようとしている。
「駄目だ…、これ…どうしたらいいの?」
 女は呟き、髪を掻きむしった。しゃがみ込んだり背伸びしたりして、墓の構造を確かめている。甘い香水の香りが、僕の鼻に届く。
「どうなってんの…これ」
 僕は後じさった。女が、墓の裏側を覗いたからだ。僕の足元の砂利が、音を発てて軋んだ。次の瞬間、静かな墓場に、女の悲鳴が響いた。
「待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って」
 恐怖に見開かれた女の目が、僕を捉えて凍り付いている。
「これこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれほらこれ見て」
 女に骨袋を翳し、言い訳しようと言葉を探す間に、ヒールの爪先で腰を蹴られた。
「痛い痛い痛い…これほら同じ、骨!骨!同じヨシユキの骨!」
 五回目のキックが肛門に突き刺さった後、女の攻撃が止まった。
「あんた…誰?」
「あ、遠藤です」
「名前なんて聞いてない」
「あ、すいません、あの何ていうか…友達…ですけど」
「友達…?ヨシユキの…?」
 目を丸くした女は、唖然としながらも値踏みするように僕を見下ろした。遠くから、雪駄の駆ける音がする。黒ぶちの眼鏡をかけた坊主の懐中電灯に照らされた女の顔は、はっとする程整っていた。
「どうしましたか」
 坊主の声に何でもないですと答え、女が僕に手を差し出す。白くて冷たい右手を掴み、僕は慌てて立ち上がった。
「とりあえずちょっと来てよ」
「え、どこに?」
「いいから」
 女に手を引かれ、墓場を出る。僕は痴漢冤罪で捕まった情けないサラリーマンみたいに、内股で女の後を歩いた。蹴られた肛門がひくひくと痙攣している。繋いだ掌が、恥ずかしい程汗ばんでいる。擦れ違った坊主が、不思議そうに僕たちを見ていた。


「で、何しに来たの?」
 出会った瞬間に、僕たちの力関係は決まってしまった。連行された場所は、国道沿いのファミレスだ。彼女は僕の同意なんて求める気配も見せず喫煙席にどかりと座り、スカートの足を組んだ。
「え、同じだと思うけど…」
「同じって何?」
 まるで取調べだ。挑むような目で正面から見据えられると、何故か下手に出てしまう。思えば今までの人生で、これ程の美人と向き合った事はなかった。僕は僅かに目を逸らし、女の顎のあたりを見ながら言った。
「骨を、あそこに…」
「ふーん。あいつとはどこで知り合ったの?二丁目?」
「え、違うけど…」
「じゃあ、どこ?」
「歌舞伎町です」
「歌舞伎町?何で」
「何でって…別にいいじゃん…」
 女の口が、意味深に歪む。半笑いになって,言った。
「あんた、あっち系?」
「え?違う、違います」
 僕は顔の前で手を振って否定した。その仕草は、客観的に見ると、もしかしてそれっぽいかも知れない。そう考えた途端に動揺し始め、こめかみから汗が流れ、動揺のスパイラルに嵌っていく。
「ふーん。ま、いいけど。友達って言ったよね」
 アイスコーヒーを吸い込んだ。女は深煎りホットコーヒーの湯気の向こうで腕組みをしている。
「え、まあ…そこまででもないけど」
「ふーん。あんたみたいな友達いるなんて一言も言ってなかったけど」
「だから、そんな友達ってほどの感じでも…会った事もないし…」
「は?」
 女の眉間に、深い溝が二本浮かんだ。僕の息は、荒くなって制御出来ない。
「あ、何でもないです」
「会った事もないって言わなかった?今、そう言ったよね。何で?どんな知り合いなの?」
「あの、まあ、何て言うか電話で…」
「は?」
「テレクラで…、たまたま電話に出たらあいつで…」
「あきれた、あいつまだそんな事やってたの?」
「まあ、もう三年も前で、いまは全然行ってないですけど」
作品名:骨まで愛して 作家名:新宿鮭