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骨まで愛して

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「そんな事聞いてねえよ」
「すいません…」
 どうして謝っているのか、自分でも分からない。僕はやってもいない罪を自白してしまう冤罪被害者の心理が分かる気がした。兎に角、一刻も早くここから解放されて、思い切り息を吸いたい。僕の気持ちを見透かしたように、女が煙草に火を点けた。

「そっちは…」
 沈黙に耐えられず、僕は言った。
「は?」
 女の吐き出す煙が、僕の顔面を直撃する。
「そっちは何で?」
「は?あんた何が聞きたいの?質問したいならちゃんと聞きなさいよ。あのオカマと私がどんな関係でなんで骨持ってお墓に来たか知りたいんでしょ?」
「いや、言いたくなかったら別にどっちでもいいけど」
「あんたは聞きたいの?聞きたくないの?どっち」
「まあ…聞きたいです」
 捻り潰すように煙草を消した後、僕の鼻先にコーヒーの香りがする溜息を吹き掛けて、女は語り出した。彼女の名前は石田ユイ。職業は外資系保険会社のOL。年齢は三十歳で、ヨシユキとは保育園からの幼馴染みで初恋の相手。そのまま同じ幼稚園、小学校、中学校に通い、中学二年の時に思いを隠しきれず告白。あっさり振られたが納得行かず卒業までに十五回告白し続けるも想い叶わず。別々の高校に入った春に、十六回目の告白をした時、根負けしたヨシユキから自分は男の子が好きだと逆にカミングアウトされ、二週間寝込む。その後、自分の中で何とか決着を付けたユイは、性を超えた友人としてヨシユキと接するようになるが、ある日、ヨシユキから恋の相談を受ける。なんとヨシユキが片思いする相手は、同じく保育園からの幼馴染みで、いつも一緒に遊んでいた三人組の一人だった。
「どう?笑える話でしょ」
 話し終わって自虐的に微笑む女の目が、全く笑っていないのを見て、僕は背筋を伸ばした
「いえ、別に」
 三杯目のおかわり無料コーヒーが、石田ユイの口元に運ばれる。
 この世界は不思議だ。あれだけ僕の股間をしゃぶりたがった男が、こんな美人を十六回も振っている。僕は骨壺の入ったリュックサックをちらりと横目で見た。
「あんた省吾の事は知ってんの?」
 そう言えば考えてもいなかった。鼻の頭に浮かんだ脂汗を人差し指で拭って、僕は答えた。
「いや、知らないっす。どんな人関係の人なんですか?」
「は?」
「え?」
 ユイの真っすぐな視線が僕の眉間を射抜いている。僕はまた、自分の鼻の頭がじわりと湿っていくのを感じた。
「あんたわたしの話聞いてた?」
「え、ちゃんと聞いてましたけど」
「あんた馬鹿でしょ」
「あ、あれっすか。その…、ヨシユキが好きだった奴ってもしかして」
 ユイはまた溜息し、呆れ顔で頷いた。幼馴染みの三人組み。ヘンテコな三角関係。その中で、一人だけ生きている女。それが目の前の神経質そうな美人、石田ユイだ。僕にはまるで、関係ないけど。
「で?」
 ユイがまた、挑むように僕を見る。堪らず目線を逸らした僕の下で、アイスコーヒーの氷が、完全に融けきっている。確かアイスコーヒーもおかわり無料だった筈だが、この女に見据えられると、何故か店員を呼び止める勇気がない。何も悪い事をしていないのに、警察に詰問される犯罪者の気分だ。
「どうすんの?これから」
 僕はリュックサックに目線を移し、答えた。
「うーん。もしこれをそっちに預けて…一緒に入れといてもらえるんならそれが一番いいかも。ほら俺、あいつとは会った事もないし」
「ふざけんなよ」
 びくりとして正面を見ると、ユイの瞳が真っ赤に充血している。
「男らしくねえなあ、どうせ彼女もいなくてテレクラとか風俗とかばっか行ってるんでしょ。まあ、そんな事、どうでもいいけど。やり始めたんなら最後までやれよ。やる気があったからここまで来たんじゃないのかよ」
 分が悪過ぎる。女は見た目も弁も完璧で、こっちは冴えない三十過ぎのテレクラ野郎だ。僕は完全に、石田ユイのオーラに呑まれていた。
「じゃあ…、いっしょにやろうよ」
「あたりまえだろ。こんなの二人で別々にやってたら効率悪過ぎるじゃん」
 僕たちは携帯電話の番号を交換し、席を立った。きっちりと自分の勘定だけをレジに置き、連絡するから、と言って振り返った石田ユイは、僕がお釣りを受け取っている間に、颯爽とドアの向こうに消えた。彼女の残していった香水の中を歩いて、蒸し暑い夜の国道に出た僕は、大きく深呼吸し、冷や汗で尻に貼り付いたパンツを引っ張った。






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作品名:骨まで愛して 作家名:新宿鮭