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骨まで愛して

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 まあ、人違いだろう。
 発泡酒を一口飲んで、もう一度不在通知を見た。届け先の欄には、間違いなく、僕の名前と住所が書いてある。誤配の筈がない。とすると、誰だろう。もやもやしたまま飲んでいる内に、いつの間にかどうでも良くなって来た。きっと、変なマルチ商法の無料サンプルか何かだろう。
 その夜、僕はフルートを拭く顔のない少女の夢を見た。

 チャイムの音で目が覚めた。ドアスコープの向こうには、ボーダーのシャツを着た角刈りの男が、荷物を持って立っている。
「宅急便です。ここにサインお願いします」
 言われるままに名前を書いて受け取った荷物は、ホールケーキが入るくらいの箱で、差出人はやはり原田淳子、伝票の備考欄には〈割れ物注意〉とある。僕はすぐに白い包みを破り、箱の蓋を開けた。御挨拶と書かれた和紙の手紙が一通。その下にあるものは、ケーキではなさそうだ。梱包用のエアキャップで包まれていて、中身が見えない。
 手紙の表を見た瞬間に、若い女からのプレゼントではない事が分かった。薄墨の毛筆書きだったからだ。香典返しか。それにしては荷が大きい。中を開くと、几帳面さが窺える達筆な文字に何か怨念めいた物を感じて、ぞっとした。何はともあれ、読んでみる。

謹啓
この度 亡息子良幸永眠の折りは御多用中にもかかわらず早速御丁重な御弔問御厚志まで賜りまして深く御礼申し上げます
突然の余りの悲しみに只只茫然と致すばかりでございましたが漸く心の平静を取り戻しつつあります
三十年という誠に短い一生ではございましたが皆々様からの御友情に恵まれました事がせめてもの慰めとなって居ります
あらためて生前の御厚誼に心から御礼申し上げます
この程お陰を以ちまして四十九日の法要を滞りなく相済ませました
供養のしるしまでに心ばかりの品をお届け致しましたのでご受納下さいます様お願い申し上げます
謹白
喪主 原田淳子
追伸
他に同封致しました物は故人の意思により遠藤様にお送りするよう遺言された物です
このような物を郵送にてお送りするのは大変失礼かと存じますがそれも含めて故人の意思でありますのでお納め下さいます様何卒お願い申し上げます
申し訳ございません
書中を以って失礼ながら謹んでご挨拶申し上げます

 淳子は、ヨシユキのお袋だった。僕は取乱しながら訃報を伝えた彼女の声と、葬儀での憔悴した顔を思い出し、少し憂鬱になった。ところで同封の物って一体何だろう。遺言って何だ?
 僕は箱の中身を取り出した。全体を包んでいるエアキャップのシートを剥がすと、中は三つに分かれている。一番上の箱を開けると、白と薄いブルーのストライプ柄のダサいハンカチが入っていた。これが普通の香典返しだろう。残りの二つは、それぞれが更に別のエアキャップで包まれている。中身が少し透けて見える小さい方の包みは、CDかDVDの円盤で、包みを解くと盤面に〈ミチオくんへ?〉とマジックで書かれたDVDだった。
 何だか無性に嫌な予感がした。高さ十センチ弱の円筒形をした、もう一つの包みを解くと、寸足らずの黒い茶筒が現れた。一瞬、これも香典返しの日本茶かと思ったが、茶筒にしては小さ過ぎ、重い。よく見ると真鍮の削り出しで出来ていて、黒塗りの高級車のように威圧的な高級感がある。蓋を開けて見た。
 布。
 摘まみ上げると京都の土産屋にあるような巾着袋が出て来た。金色の紐を弛め中身を見た瞬間、低く悲鳴を上げた。
「うわぁっ。何だこれっ」
 骨。
 骨だ。
 巾着袋の中には、恐らくヨシユキのものであろう遺骨の欠片が七八個入っていた。僕は慌てて巾着袋の口を縛り、茶筒の中に戻した。
 何考えてんだ…、あいつ…。
 異常だ。
 会った事もない男の家に、遺言までして、自分の骨を送り付ける奴が、いるか?
 僕は四つん這いでテレビラックに近付き、DVDをデッキに突っ込んだ。まだクーラーが効ききっていない蒸し暑い部屋の中で、背骨の真上を、冷たい汗が流れた。小さくモーター音が鳴り、ディスクがロードされる。部屋中の電気を点けて、唾を飲み込んだ。
 椅子がある。
 几帳面に片付いた味気ない部屋に、エマニエル夫人が座っていたような藤の椅子。ボリュームを上げると、誰かが何かを飲む音がして、テーブルにグラスを置く音が続いた。映像は暫くの間、何の変化もなく、僕は数十秒間、異様な存在感を放つ藤の椅子を、じっと見ていた。
「あっほん」
 咳払いの音に驚いた。直後、ぺたぺたとフローリングを裸足で歩く音がして、タイトなシルクのシャツを着た男がフレームインした。
 男が、レンズ越しに僕を見る。
 遺影の男。ヨシユキだ。
 椅子に座ったヨシユキはうーんと唸りながら伸びをして、膝下でカットされたジーンズを履いた脚を組み、若干上目遣いに僕を見た。
「ミチオくーん、元気ぃ?」
 聞き覚えのある声が僕の名前を呼ぶ。ぞっとした僕は体半分後退り、畳の上に置いておいた骨壺を倒した。
 これは、ヨシユキからのビデオレターだ。
 数秒間、自分の右耳に右手をあてていたヨシユキが、また僕を呼ぶ。
「あれ?ミチオくん。元気がないぞ。もう一回いくぞぉ。元気ぃ?」
 遺影では普通の青年にしか見えなかったヨシユキが、オカマ丸出しで弾けている。チラシモデルに居がちな特徴のない好青年の顔と、芝居がかった大袈裟な身振りのギャップが、僕を堪らなく不安にさせた。真夏なのに、凍りそうだ。
 慄然とする僕を見て満足そうに頷いたヨシユキが、口の端でにっこりと笑う。
「そうそう。いいぞ。元気が一番。ま、そういう僕は元気ゼロだけどね。死んでるから」
 そう言って奴は、酔っ払いのおっさんが得意の駄洒落をかました後のように、嬉しそうにカメラを見た。僕の笑いを待っている顔だ。
 まるで笑えない。
 笑えるかよ。
「あーあ。でもずるいなぁ。そっちだけ僕の顔見て。ずるいっ。僕も見たかったな、ミチオくんの顔」ヨシユキはレンズに顔を近付け、色白の顔がクローズアップになった。「どう?僕。いい感じ?会っとけばよかったでしょ。ふふ」
 画面一杯の顔に見据えられ、仰け反る。
「もしかして逆? 会わなくて正解だったと思ってる? もしそうだったら化けて出るからね!」
 振り返って部屋を見回した。押入れの襖に描かれた山の絵が、化け物に見えて息を止めた。
「で、そろそろ本題に入っていい?」椅子に座り直したヨシユキが、意味深に微笑んだ。
「入ってた?僕の骨」
 そう言って、一瞬カメラから目を逸らしたヨシユキは、少しだけ寂しそうに見えた。
「どう? 奇麗? 臭くない?」
 元々潤んだように濡れていた瞳が、涙目になっている気がする。気の所為だろうか。
「でさぁ、結局一回も会ってくれなかったお詫びにさぁ、ちょっと頼まれて欲しいんだけどいいかな。っていうか、考える余地ないから。やってね。いい。言うよ。入ってた僕の骨、今から言う人のお墓に入れといて。埼玉県三郷市…   永長寺、立花省吾のお墓。分かった?」
「えーっ。何だよそれ」
 僕は思わず声を上げた。
作品名:骨まで愛して 作家名:新宿鮭