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骨まで愛して

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「ないけど……。そっか。そこはホントなのか」
「嘘なんて一つも吐いてませんよ」
「女の振りしたじゃん」
「そんなの嘘じゃないもん。ミチオが勝手に勘違いしただけでしょ」
「だって男がテレクラ電話して来るなんて思わないもん」
「いいじゃない……。たまには」
「まあ、別にいいけど……」
 会話が盛り下がったその時、遂に、隣室の大学生がセックスを始めた。何人かいる女の内で、最も声の大きい女が、やめてやめてと求め始めた。
 伸びでもしたのだろう、ヨシユキが妙な息を吐いた。左耳にオカマの吐息、右耳で大学生のセックス、探るような間を置いて、左耳からまた声がした。
「でも何だかんだ言ってさあ……切らないって事は、あなた実は寂しいんでしょ」
「うるせえよ」
 図星過ぎて向きになった。オカマだから女よりも分かり易いように、僕が男だから奴に心を読まれているのか。探るような間を置いて、ヨシユキが言った。
「ふーん。まあ、いいけど。ねえ、いつもさあ、テレクラ行ったらどんな事話してんの?」
「いつもって、そんなしょっちゅう行ってないよ」
「ふーん。ま、別にいいけど」
「なんかムカついて来た。ま、大体は年幾つ? とか芸能人だと誰に似てんの? とかそういうんじゃないの」
「じゃあ誰に似てんの?」
「え、俺?」
「他に誰がいるのよ」
「俺は……、別に誰にも似てないよ」
「嘘ばっかし。何か言われるでしょ、普通」
「ホント、テレクラの逆バージョンだな。そんな事女の方から先に聞かれたの人生初だよ、っていうかお前、女じゃないか。何か訳分かんなくなって来た」
「じゃあ聞いてよ」
「はい? 何を?」
「誰に似てるかに決まってんじゃん。ミチオから私に」
「いいよ別に聞きたくないし」
「嘘吐き。さっき見た目は女かなんて聞いた癖に。知りたかったんじゃないの? 聞いてよ」
「じゃあ……、誰に似てんの?」
 ヨシユキは思わせ振りにゆっくりと息を吸い、吐きながら言った。
「ヨシキ。Xジャパンの」
 発泡酒を吹き出した。大学生とその女が、最初の絶頂を迎えた。
 僕はその夜、久しぶりに腹を抱えて笑った。


 京王線が地上に出ると、オレンジ色の眩しい空から土砂降りの雨が降っていた。
 いつの間にこうなったのだろう。
 電車の窓から見える景色は怖いくらいに奇麗で、何かを暗示しているようにも見える。そう言えば、大好きだった母方のじいちゃんの葬式の日も、こんな天気だったと思い出して、僕は少し感傷的になった。死に逝く人間の魂が、雨を降らせたり風を吹かせたりする、そんな事が有り得るだろうか。有り得ない。人が死ぬ度に天気がドラマチックに変わっていたら、天気予報なんてする意味すらなくなるだろう。
 駅を降りると、虹が出ていた。
 雨はすっかり上がっていて、茜色の道に落ちた影は長い。
「会うだけだったら、会ってやっても良かったかな……」
 声を出さずに呟いて、僕と僕の影は歩き出した。

 ヨシユキは、あの後、何度も電話をして来た。
 彼は万年チラシモデルの仕事に行き詰まっていて、どうしたらキャリアアップ出来るかをいつも考えて悩んでいた。撮影やオーディションが毎日のようにある訳ではなく、というより収入の殆どをイタリアンレストランでウエイターのアルバイトをする事で得ていたヨシユキは、モデルがウエイターやってるのかウエイターがモデルのバイトしてるのか分かんなくなるよ、と愚痴った。会った事もないのに、頑張れば売れるよとも言えず、三十近くになっていい加減諦めろとも言えなかった僕は、適当に相槌を打ちながら、同世代の不幸話にどこか安心していた。
ここから先は、ほとんどあらすじです。
 僕は何回目かの電話で、自分の仕事が家電のチラシ専門の広告代理店勤めだと言う事を白状し、皮肉なもんだね、と笑うヨシユキに自身の悩みも打ち明けるようになっていた。会った事もない僕たちは、その一時期、まるで友達だった。
 傷を舐め合う僕たちが、本当の友達になれなかった理由は、ヨシユキが僕の体を舐めたがったからだ。愚痴の言い合いに疲れると、いつも決まって下ネタになり、奴は僕の一物の色や形を聞いて来た。切り際には必ず、今度会おうとわれたけれど、ヨシユキの見え見えの下心に応えられる筈もないノーマルな僕は、ずっとそれをはぐらかして来た。男と女に、本当の友情が生まれないのと同じように、ヨシユキと僕の間には、越えられない壁があった。僕に対する奴の性欲は異常で、結局僕は最後まで、何故ヨシユキが会った事もない僕にあれ程執着したのか、まるで分からなかった。
 知り合って一年ぐらい経った頃、ほんの数ヶ月間だが僕に彼女が出来て、着信を無視している内に連絡が途絶えた。そして、奴の事をすっかり忘れていた三日前、訃報が届いた。携帯電話のアドレスから知ったのだろう、「エンドウミチオ様でしょうか?」と聞く母親だと思しき女の声が、悲しみに震えていた。

 安普請のドアを開ける。三年経った今でも、僕の住処は黴臭い六畳間だ。デザイナーからアートディレクターに肩書きは変わったものの、役付きになって残業代が出なくなった所為で給料は殆ど変わらない。せめてフローリングのワンルームマンションに引っ越せるようになるのは、いつの日だろう。帰りがけに寄ったコンビニで買った唐揚げ弁当と缶コーヒーとプッチンプリンが、僕の晩ご飯だ。独身、彼女なし。三十男の寂しい部屋は、燃えるゴミよりも燃えないゴミの方がすぐにたまる。
 ヨシユキは何故死んだのだろう。病気か。だとしたらエイズ?
 そんなの偏見だよ。オカマはみんなエイズだと思ってるでしょ。
 あいつが生きていたら、きっとそう言うだろう。
 自殺?
 将来に希望が持てなくなったら、いっそ強制終了しちゃいたい。ヨシユキがそう愚痴るのを少なくとも三回は聞いた記憶がある。プリンが不味くなってきた。僕には自殺する勇気はない。泣き崩れていた良幸の母親が、自分の母親のイメージとダブって気が滅入る。
 はぁ。
 溜息が出る。
 死ねない僕は、生きるしかない。明日からまた、仕事だ。


 超薄型!液晶テレビ。超高速!プリンター。超軽量!ノートパソコン。超退屈!僕の仕事。
 連休明けの一週間はうんざりするほど長く感じた。午睡とパチンコの休日を挟み、一週間ワンセットの日常が、DVDをリピート再生したように繰り返される。僕の日常は何一つ変わらないのに、気が付くと季節は、真夏になっていた。
 お盆を目前に控え、サマーバーゲンの入稿を終えた金曜日。一段落した記念にと風俗店に寄り、幾分すっきりして帰途に着いた僕は、ドアに挟まった宅急便の不在通知に首を傾げた。荷物が届く予定はない。
「誰からだろ…。間違いか…」
 伝票の差出人欄には、〈原田淳子〉と、ある。
 社会人になってから、大学時代、高校、中学、と記憶を辿ってみたが、僕の知り合いに原田淳子はいない。もしかすると、結婚して名字が変わった淳子がいるのかもしれないが、頭に浮かんだ二人の淳子が、僕に荷物を送る理由はない。高校の時に同級生だった鈴木淳子は吹奏楽部のフルート奏者で、多分一度も話をした事がない。中学の同級生の江藤淳子は不登校の不良で、目を合わせた事すらなかった。
作品名:骨まで愛して 作家名:新宿鮭