アオイホノオ―終末戦争―
第四話「偵察任務」
夜空には三日月が出ている。
降り注ぐ蒼い光は肌に突き刺さるように冷たいものだ。
月光が降り注ぐ雪に覆われた山肌に動く影が二つ。
優とトリスのパワードスーツだ。両機ともスーツの上から擬装用の迷彩を施した外套を纏っている。
今回の任務は敵の勢力化に侵入し、情報を得る事を目的としていた。
ここ数週間で南アルプス方面での敵の動きが活発になっているとの報告があり、これから先に行われる作戦の為に状況を調査することになったのだ。今回はトリスと優の二人での任務遂行となる。トリスは偵察や索敵を行い、優はその護衛及び補助になる。
部隊のガルシアや鷹野、陽菜は山の反対側に待機しているVTOL輸送機の中だ。
「ここなら、ある程度見晴らしがいいな」
二人は麓を見下ろせる位置に来ると周りを警戒しながらしゃがんだ。トリスは外套のフードをゆっくりと下ろし、頭部に設置されている長距離偵察用の機械を顔の前にスライドし、起動させる。その巨大な一つ目のカメラを装着している姿はサイクロプスとでも呼ぶべきか。
トリスは左腕に装着されていた端末を操作し、カメラの調節をする。優の左腕にも同じ端末が装備されており、そちらにはカメラからの映像が映し出されている。
「通信状態良好、映像の状態も問題なしだ。いけるぞ、トリス」
そのままトリスは顔を麓に向ける。ズームをかけたり、感度の調節を行っていると急に大群のE.Lが画面に映し出された。全体を撮ろうとするがどこまで倍率を下げても写し出されるのは奴らの大群。一体どれだけの数が集まっているんだと優は考えるがとても想像が付くものではなかった。
「隊長、この映像見えてますか?」
少し間を置いて反応があった。映像を見て何か考えていたのだろう。
『奴らの攻撃部隊か。しかし、もっと情報が欲しいな。特に奴らの規模と編成が分かると対策も打ちやすい。出来るか?』
「了解、出来る限りやってみます。交信以上。」
カメラをスライドさせ元の位置に戻すとトリスと優は立ち上がり進み始める。麓のE.Lの列はかなり長く続いているようでそれを辿って進んでいく事にした。
時々、哨戒中と思われる飛行個体が近づくこともあったがそこは息を潜めて上手く伏せる事によって回避する。
ある程度進んだ所だった。
「どこまで続いてるんだこの大群は……」
半ば飽きれたようにトリスは呟く。それには優も同意見であった。
「だな。にしてもこいつらは何処に行くつもりなんだ?」
ここからだと山を下りて熱海辺りに出て、そちらに展開しているE.Lと合流するのかもしれない。このままじゃ奪還作戦はキツくなるなと思いつつ優は歩みを進める。
更に幾らか雪道を進んだところだった。怪物達を数えながら歩いているとトリスは大群の列の中に巨大な影を幾つか見た。
「大型もいるな。敵さんマジでやる気だよ、コレは。」
優は目線を麓に向けると巨大な影が幾つか鎮座しているのが見える。それが大型個体なのだろう。巨木のような二対の脚を丁寧に折りたたみ座り込んでいる。
初めて大型個体に遭遇した時を優は思い出す。
混乱する戦場の中を我が物顔でその脚で闊歩する大型個体。足元の敵は身体から無数に生える触手でなぎ払い、戦車やヘリなどの兵器には背中にある二門の大砲のような部分からプラズマ弾を撃ち出し焼き尽くす。あの時の戦いは友軍の救援が間にあったからなんとかなったが優の所属していた部隊は優以外を残して壊滅してしまったのだ。
仲間が触手になぎ倒され、プラズマにその身を焼かれ苦しみ死んでいった時の場面が目に浮かんでくる。その時の恐怖が腹の底から湧き上がって来るのを必死に堪える。
頭を横に振って恐怖を払うとトリスの補助の仕事に戻る。
二人は再び機器を展開し、ガルシアに大型個体の映像を送っていた時だった。
山の上から小さな雪の塊が何個か転がってくる。優はそれに気づきライフルを構え、辺りをうかがう。
「?」
自分たちのいる場所よりかなり上に馬か何かがいるのが見える。こんな所に馬か何かが住んでいるのかと考えたがそれはありえない。では、一体何なのだ。
E.Lだとしたら厄介だ。しかし、こちらに気づいていてもおかしくないが何の動きもない、こちらの方をただ見下ろしているだけのような印象を受ける。
今のうちに撃って倒すべきかと思ったが撃てば位置が発覚し、あの大群がこっちに押し寄せてくるというオチが待っている。
色々と考えているうちに馬らしき物体が動いた。一瞬だが馬の顔に当たるところが人の形を取っているようにも見えた。人が馬に乗っている様にもまるでケンタウロスの様にも見えたが距離が離れすぎているせいで上手く視認できない。
「トリス、あそこに何かいるぞ」
ライフルを馬のような生き物がいた方向に向けながらトリスを呼ぶ。装置を上げてトリスがそちらを向く頃にはその正体不明の生き物はいなかった。
「何もいないな……。見間違いなんじゃないのか?」
『どうした優?』
無線からガルシアの心配そうな声が入る。
「誰かに見られていたかもしれません。正体は分かりません。」
重要な偵察任務の時にいい加減な報告をするべきではないと思ったがもしもの事を考えて報告する。
『そうか、もしそれがE.Lだとしたら何かしらの動きがあるかもしれん。そうなると危険だ。敵の編成も規模もよく分かったし、手早く引き上げてくれ。後、温かいコーヒー入れて待っとくからな。』
それを聞いた二人は外套を整え、来た道を戻り隊長たちの元へと向かう用意をする。
道を戻っている最中、最初に異変に気づいたのはトリスだった。
「おい、地面が揺れてないか?」
確かに地面が揺れている。雪崩か、と優は山頂を確認するがその形跡はない。となると残される可能性としては一つしかなかった。
その可能性にもトリスは気づいていた。急いでカメラを起動させると麓の方を映し始める。
「奴ら、移動を始めやがった!!」
何万ものE.Lが動き始めたのだ。大型や様々な個体が動き出したことが原因で地面が揺れているのだろう。移動している方向は山を下っているところから予想すると熱海方面だ。やはり、関東方面への攻撃の為に展開しているE.Lとの合流を図るつもりなのだろう。
十分な映像を収めた二人はすぐに輸送機へと撤収する。
二人の収容を確認すると輸送機は直ぐに空へと飛び立つ。
*
スーツから出た二人はすぐにガルシアたちの元へと向かった。
格納スペースを抜け、その先の待機室へと向かう。待機室内には仮設のモニターと固定された机、椅子があった。そこには既にガルシア、鷹野、陽菜の三人がいる。
モニターには先ほどのE.Lの大群の進軍方向とその先に集結しているE.Lが赤く表示されている。既に集結している数十万のE.Lに加え、先ほどの大群が合流するとなると多勢に無勢どころの話ではなくなるのは見えていた。
「今のうちに休憩しておけ。これから一気に忙しくなるぞ。」
待機室に入った二人にガルシアはそう促し、カップに入った湯気の立つコーヒーを渡した。受け取ると二人はそれぞれのコーヒーに口をつけて飲む。程よい苦味と暖かさで今までの緊張と疲れがほぐれていくのが分かる。
「隊長、これからの行動は?」
作品名:アオイホノオ―終末戦争― 作家名:ますら・お