アオイホノオ―終末戦争―
第三話「新しい命、鼓動」
あれから二日後。
市街地での戦闘を制し、部隊は関東方面軍前線基地に帰還していた。
コンクリートなどで出来た鉄壁の要塞ではなく旧自衛隊の駐屯地の周りにトレーラーやら移動司令部、プレハブなどを沢山集めただけのものである。
今日はここ数日の天気と打って変わって弱めの雨が降り続ける嫌な日になっている。
その様子を基地の整備場内に設けられたベンチに仰向けに寝転がりながら優は退屈そうに見ていた。
「ったく、いつになったら新型のスーツが受領できんのかねぇ」
呟きながら包帯の巻かれた左腕を擦ると針を刺されたような小さな痛みが走る。シールドとパワードスーツの複合装甲を持ってしても完全にはプラズマ弾を防げなかったようだ。
辺りを見回す。今は優の部隊のパワードスーツが並べられ、メンテナンスを受けている。
左から隊長、陽菜、鷹野、トリスの順だ。優のスーツは一番隅に黒焦げのまま置かれていた。
そんな風景を何も考えずに見つめている優に可愛らしい静かな声がかけられる。
「スーツまだ届いてないんだ。で、そこで怠けてるのね」
優の前にはアーミーパンツに上はタンクトップという出で立ちの陽菜が仁王立ちになっていた。可愛いなぁと思いつつも優は口を開く。
「はいはい、分かってるって。予定の時間よりも大分遅れてるみたいでね」
二日前の戦いでプラズマ弾をガードした優のパワードスーツは破損が思ったよりも酷く、修理される代わりに新しいパワードスーツを支給されることとなった。元々、自分の使っていたスーツは第2世代を改良した2.5世代と呼ばれるモデルで、近い内に普及し始めていた第3世代に乗り換える事になっていたのだ。それが今日届くのだ。
「というわけでもう少しここにいさせてもらうよ」
それでも不満があるのか陽菜は優の服の袖を引っ張るとベンチから引きずり降ろそうとする。
「分かった、分かったって。隊長たちのところに行けばいいんだろ?」
立ち上がると陽菜の頭を撫でて、隊長たちのいるトレーラーへと向かう。基地の建物はほとんどが何かしらの設備や部署が入ってしまっているため部隊の宿舎などには代わりにトレーラーがあてがわれているのだ。
途中まで頭を撫でられた事にムスッとしていた陽菜だったがいつの間にか機嫌を直して色々と新型のスーツについて話しかけてきた。
「確か、第3世代のアカツキだったかな。陽菜のイダテンの素体になったやつさ。」
「あーアレね。前のやつよりは大分神経回路の反応速度上がってるからもっと自分の手足みたく動かせるわ。」
第3世代アカツキ。対E.L用の対策が施されている機体だ。
対人用の第2世代を改良した急場しのぎの2.5世代とは違い、対E.L戦を考慮し開発されているため性能も大きく向上している。装甲板も対プラズマ用のコーティングが行われているので二日前程酷くスーツが焼けたりすることはないだろう。
「しかし、俺もようやく第三世代を着用できるのか嬉しいなぁ」
ようやく新兵時代から使っていたオンボロから卒業だと喜ぶ優を見て陽菜も微笑み返す。陽菜の笑顔にちょっとどきっとしたが心を落ち着けると会話に戻った。
他にも色々と他愛も無い話をしながら二人はトレーラーへと歩いていった。
*
二人は部隊用に用意されたトレーラーにガルシアたちと共にいた。
少し狭めのトレーラーの室内にはソファーや事務机、冷蔵庫、巨大なモニターなど様々なものが置かれている。机にはぬいぐるみや雑誌、ジュースなどが置かれていた。
そのジュースを取り自分のコップに注ぐのは軍服を着崩し、金色の長い髪を後ろで束ねているトリスだ。注ぎ終わるとそれを持ちソファーに座る。
既にソファーには先客がいた。黒い髪を短く切りそろえ、黒いTシャツにアーミーパンツという出で立ちの鷹野だ。トリスが隣にどすんと座ろうがお構いなく何かしらの雑誌を読み続けている。
優と陽菜の二人はその前を通り、椅子に座り事務机の上のノートパソコンをいじっているガルシアの傍に寄る。二人に気づいたガルシアは作業を中断した。
「よし、全員揃ったな。ちょっとモニターを見ててくれ。」
4人はモニターの方を向く。モニターの起動画面が映し出され、日本列島が描かれた地図が出現する。その後に北海道から関東までが青色に染まり、それ以降の地域から沖縄までが赤く塗られていく。これは今の日本におけるE.Lと人類側の勢力図だ。人類側が青でE.L側が赤色となる。
「現在の我々と虫どもの勢力図になる。どうも上層部はそろそろこの勢力図を塗り替えたいと思っているようだ。そのための作戦が近い内に発動される。」
地図の青色が赤色を少しずつ食いつぶしていく、そのまま青色の侵食は進み中部地方一帯までを青色に変えた。これがこの作戦が目指すものなのだろう。
「上層部の立てている予定では1ヶ月をかけずにここまでを取り返すつもりらしい。大した自信だよ、俺たちを未来から送りこまれたサイボーグ戦士か何かだと思ってるんだろうな」
苦笑を浮かべながらガルシアは話を進めていく。
E.L側の方でも大規模な攻撃を画策している模様で既に敵もかなりの数がこちらに向けて集結を開始しているとの事だ。このタイミングに敵を一気に叩く予定らしい、敵の侵攻部隊に関しては通過予定のポイント数箇所を設定し燃料気化爆弾の投下を行い、そのポイント通過中の敵を殲滅。その後、既に海と空、地上の多方面から進軍を開始していた人類側の攻撃部隊が敵攻撃部隊の壊滅により空白となった後方の敵勢力下の地域に侵攻する。侵攻部隊の壊滅により敵の気勢を挫き、その隙に中部地方までを奪還するという大規模な作戦だった。
「この作戦がミスれば敵の大群が一気に関東に流れ込むってのはキツいね。こんなんでやれるのか?」
一通りの作戦の説明が終わるとトリスがぼやく。
「成功させなければ我々の未来はないんだ、やるしかない。」
ガルシアの言う事はもっともだ。それを聞いていた鷹野は手に持っていた雑誌を机に放り投げると足を組み直して声に力を込めて喋りだす。
「俺たちは未来を勝ち取る為に戦ってるんだ。簡単に負けるようなクズじゃない、そうだろ?」
「そう、簡単には負けないわ。私たちは未来を勝ち取るの、そして平和な日常を取り戻す。」
皆はその言葉に頷く。優も一刻も早く普通の日常に戻りたかった。しかし、家族は妹を残して全員が死んでいる。もし、平和な日常が戻ろうとも元の生活に戻れるのだろうか。この先の不安にかられるがこの戦いに勝たなければその先も何もあったものではないのだ。
“戦わなければ”という強い気持ちが優の中で強く鼓動を始める。
色々と考えているとトレーラーの扉がノックされているのに気づいた。トリスが扉を開けるとそこに立っていたのは色々と腕に抱えた雨に濡れた軍服姿の女性だった。持っているのは様々な書類が挟まっているらしい分厚いファイル数冊と様々な道具が入っていると思われる箱などだ。全て雨に濡れないようにビニール袋に包まれている。
「す、すみません。こちら持っていただけませんか?」
「おう、すっげえ量だな。しかもびしょ濡れとは……」
トリスは一番重そうなファイルを受け取るとそれを机に置く。女性は渡されたタオルを受け取ると身体や髪などを拭き始めた。
作品名:アオイホノオ―終末戦争― 作家名:ますら・お