アオイホノオ―終末戦争―
第五話「ローンウルフ」
「優……」
懐かしい声が聞こえる。
そこには父さんや母さん、妹の凜がいた。
崩れる前の日常。平和だった頃の日常。
些細な事で衝突することもあったが概ね全てが上手くいっていたと思う。
それも“奴ら”が現れるまでの事だった。
小惑星に乗って飛来した化け物どもは世界同時に侵略を開始し、多くの人々を虐殺していったのだ。父や母もその犠牲者の一人だ。
自衛隊に所属していた父は戦闘中に怪物に頭を食い千切られ、母は妹と俺を守ってプラズマ弾に半身を消し炭にされて死んでいる。生き残った妹もその時に重傷を負ったがなんとか先に脱出させ、救護が間に合ったおかげでなんとか後遺症もなく暮らしている。
あれから俺は父の同僚の話から軍が人員不足で悩んでいると聞いて志願することを決めた。父の市民を守ろうという堅い意志と大切な妹を守りたいという強い意志を持って。勿論、妹はかなり反対したがなんとか説得し、落ち着かせた。
しかし、最近は忙しくて中々会えてない。また近いうちに会いに行かなくちゃと思う。
あの笑顔を見るだけで……
「優……」
この“任務”が終わったら会いに行こう。
任務?
そうだ、俺には今はやらなければならない仕事があるんだ。
意識が覚醒し始める。それと同時に視界が開ける。
「起きるんだ!!優!!」
鷹野が俺を叩き起こそうと頑張っていた。
「だ、大丈夫だ。」
未だに揺れる視界と戦いながらゆっくりと優は立ち上がる。周りを見渡すと輸送機から落ちたと思われる破片が散乱していた。一部は周りの木々に刺さったり、引っかかったりしている。
「鷹野、ここは?」
「俺にもよくは分からん。ついさっき気がついたばかりでな。」
「そうか、まずは隊長たちを探さないと。」
アサルトライフルが突き出される。受け取れという意味なのだろう。
すまない、と優は言うとそれを受け取った。破損はないかチェック、給弾も問題なし、いける。
その間に鷹野は既に歩き出していた。優は遅れないようにその後を周囲の警戒を行いながら着いていく。
*
隊長、加えて司令部との通信も行えず二人は森の中を輸送機が落ちていった方向へと向かっていた。
先ほどから森の中を歩き続けているが鷹野は一言も喋らない。
何か愚痴でもいいから喋らないかと優は思ったがそこまで口数が多くない鷹野だから仕方ないとも思う。もし喋ったとしても出てくる言葉といえば歯に衣着せぬ毒舌だったりするからそれも考え物だ。そんなこんなで色々とあって部隊の中で一番喋った事のないメンバーが鷹野の気もする。
多分、他のメンバーも最近入ってきた俺よりも会話をした回数が少ないのだろう。あのコミュニケーションの達人トリスでも少ししか言葉を引き出すことができないでいるという曲者だ。
では、口数の少なさが戦闘中のチームワークに悪影響があるかと言われれば全く足を引っ張る事などない、下手したら他のメンバーが鷹野の足を引っ張ってしまうぐらいだ。加えてその鬼神の如き戦いっぷりには畏怖の念を抱いてしまうところもある。
ガルシアもその戦闘能力を高く評価しているがコミュニケーションで悩んでいる。
そういえば前に彼が所属していた部隊も彼を残して全滅しているとの話だ。予測だがその為に彼は俺たちと距離を置いているのかもしれない。
仲間を失う恐怖、二度と経験したくないのは優も同じだ。だから鷹野は仲間との距離を置くようになったのかもしれない。
そして、その恐怖が全てを戦いに捧げている狂戦士へと鷹野を変貌させたのだろう。
そんな事を彼の背中を見てそう思う。
「……?」
優の視線に気づいた鷹野がこちらに無言で振り向いていた。蒼白く光る機械の二つの目が優を睨みつける。
少しの静寂の後、何もないと思ったのか鷹野は再び前へと進み始めた。
内心なにか言われるかと思ったがほっとする優。そう思いながらももしかしたら感づかれていたのかもしれないと心の中で後付ける。
本当に鷹野は掴みどころがない人間だ。だが、これもこの戦争の中での彼の生き方というものなのだろう。
(一匹狼、鷹野にふさわしい言葉だな……)
鷹野の左肩の部隊のエンブレムの黒狼が寂しく輝いて見えた。
*
ある程度歩いた所だった。
急にここから少し離れたところで生木の割ける音がしたと思うと森の住人の鳥たちが大慌てで飛び立っていった。その後に響くズシンという重い足音、大型のE.Lによるものかもしれない。
そして響く咆哮が間違いなく大型だという事を確信付ける。
もしかしたら俺たちを捜索に来たのかもしれない。
しかし、大型個体に対抗できるような武器は持ち合わせていないのが現状である。あるのはアサルトライフル、ショットガン、グレネードランチャーと手榴弾程度だ。とても対抗できるものではない。
「マズイなどっかに隠れないと……」
優はそう言うと周りを見渡す。目に入ったのは輸送機から脱落したと思われる主翼の一部。サイズ的にはパワードスーツを纏った二人が隠れるには十分に見える。
二人は翼の陰に急いで隠れると大型が通り過ぎていくのを待つ。少しずつこちらに足音と振動が近づいてくるのが分かった。
「来たか……」
鷹野が小さく呟く。巨大な影が地面を覆う、その後に続いて轟く咆哮。周りには近接戦闘型の個体もいるようだった。
もう大型個体は目と鼻の先にいるのだ。二人は息を押し殺して嵐が過ぎ去るのを待つ。
大型が身体の脇から触手を伸ばして辺りをくまなく探しているのが分かる。あの触手は位置的にはここまで届かない筈だ。
嵐が過ぎるのを待つ中で優は自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。
「あっ……」
目の前に小さな子犬がいるのに優は気づいた。茶色の毛並みを持つ小さな犬だ。
そして可愛らしい口を大きく開くと息を吸い込み。
ワン!!
奴らの足音が急に止まる。
同時に優の心臓も高まった鼓動を一瞬止めたかのような錯覚に陥る。背中に冷たい汗が猛烈な勢いで溜まっていくのが分かる。
音が止まって少しの間、二人にとっては時が経つのがとても長く感じた。
辺りに轟く咆哮。
「なんてことしやがるんだ!!」
優はそう悪態づくと子犬を左手で抱え上げ猛ダッシュ。鷹野もその後に着いて行く。奴らも木を掻き分けながらこちらを追ってくる。
地獄の鬼ごっこの始まりだった。
どこまで進んだのか分からなくなるぐらい走っても奴らは追ってくる。加えて大型もその図体に似合わないスピードで二人を追い立てた。
優はピンを抜き手榴弾を投げる。数秒の間、後方で赤い炎が爆ぜ、数匹巻き込むが怪物の猛追は止まらない。
「くそっ!」
鷹野に子犬を押し付けると優はアサルトライフルを構え、射撃。撃たれた数匹が血を撒き散らしながら転倒する。それにも構わず残りの怪物達は確実に二人に迫っていく。
「おら!!」
今度は鷹野が優に子犬を押し付ける。
ショットガンを構えると距離が近い怪物を順に撃ち倒していく。しかし、ショットガンの弾幕の中をすり抜けた一匹がいた。
既に鷹野に噛み付こうと怪物は大口を開いている。
だが、鷹野は深く身体を沈ませると同時に腰から鉈の様な大きいナイフを抜く。
作品名:アオイホノオ―終末戦争― 作家名:ますら・お