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ぼくは脱退します

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 ぼく、宮原優(みやばら ゆう)とKanonこと相沢喜三也(あいざわ きみや)は、中学校からの幼なじみだった。
 入学したばかりの頃はクラスが一緒だったのにも関わらず、ほとんど話したことがなかった。喜三也がお調子者の仲間達と一緒にいるのに反して、ぼくが一人で席に座ってずっと本を読んでいたからかもしれない。本当はぼくも仲間に入れて欲しかったのに、そんなこと言える勇気もなく、むしろその仲間たちからいじめられていた。
 ある日の音楽の授業で、シューベルトの歌曲「魔王」を、生徒の誰かが一人で三役を演じながら歌うことになり、その役にぼくが選ばれた。女子は歌うのが大好きな子が立候補してすぐに決まったが、男子はみんな恥ずかしがってやりたくないと言い、結局無理矢理ぼくに押しつけられたのだ。
 ぼくは人前で歌うのはもちろん恥ずかしくて嫌だったが、選ばれてしまった以上、中途半端に歌えばもっと恥をかくことになる。それならいっそのこと、クラスのみんなを圧倒させてしまうぐらい本気で役になりきろうと覚悟を決めて、思い切り歌った。
 それなのに、音程は辛うじて取れても「魔王」の歌詞は元々ドイツ語のため、カタカナのふりがながついているとはいえカタコトのドイツ語になってしまい、驚かせるどころか観客側は爆笑に包まれた。前に歌った女子が歌詞を事前に予習していて、それなりに上手く歌えていたのと、普段はおとなしいはずのぼくが大きな声で歌ったというギャップの二つが、不幸にも重なってしまったようだった。
 半べそになりながらもなんとか最後まで歌いきり、必死に背中をなでながら宥めてくれる音楽の先生を余所に、ぼくはクラスのみんなを潤んだ瞳で睨みつけた。
 だけど、お腹を抱えながら笑い転げる男子の中に、一人だけ体制を変えずに真っ直ぐにぼくのことを見つめる生徒がいた。
 それが喜三也だった。
 ぼくは喜三也のその澄ました表情を見て「彼だけはぼくのことを笑わずに見てくれていたんだ」とほっと胸を撫で下ろし、こなごなに砕け散った心の破片を一つだけ拾えたような気がした。

 放課後になって、ぼくのことを「魔王、魔王」と呼んで馬鹿にする男子を避けながらさっさと教室を出て、下駄箱へ向かった。一刻も早くここから逃げ出したかった。
 下駄箱に入れられた「口ベタ魔王」と汚い字で書かれた紙を破り捨て、上履きから靴へと履き替えている時に、後ろからポンポン、と肩を叩かれた。振り返ると、喜三也が音楽の授業の時と同じ表情をして立っていた。
「なぁ、お前。幼い頃にさ、音楽教室か何か通ってたのか?」
「ううん、全然……書道は習ってたけど」
「そうか」
 肩に置いていた手を戻し、喜三也は真顔のまま話を続ける。
「今日のお前の「魔王」さ、周りはみんな大笑いして馬鹿にしまくってたけど……正直、俺は感動した」
「か、感動……?」
 思っていた以上の彼の感想に、ぼくはかぁっと身体が発熱して動揺した。
「あぁ、そうだ。確かにドイツ語は上手く読めてなかったけど、そりゃ読めなくて当たり前だ。気にするな。そんなことより、俺はお前の声と強い想いに惹かれた」
 彼は今度は両方の手でぼくの肩をがっしりと掴み、視線を逸らさずに、
「なぁ、俺とバンド組まないか?」
 と誘ってきたのだった。
 ぼくは高鳴る心拍数を感じつつ、彼の瞳に自分の瞳孔を合わせ、大きく頷いた。

 バンドを組んだものの、ぼくと喜三也はどちらも楽器に触れたことすらなかったので、まず安いギターを二人とも小遣いを貯めて買い、地道に練習を重ねていった。いくらボーカルをぼくが受け持つと言っても、楽器が何も弾けないというんじゃいずれ仲間から外されてしまうと思ったので、ぼくは必死に練習した。だけど、それ以上に練習したのと産まれ持った才能があったのか、喜三也の方があっという間にギターを弾きこなしてしまった。
 二人で同時に始めたのと、「三年の文化祭でライブをやる」という大きな目標があったのが効果を呼んだようだった。その結果、喜三也の友達を交えてぼくらは目標通りの文化祭でのライブを無事やり遂げることができた。
 それまでずっと馬鹿にされ続けたぼくの歌声も、そのライブで印象を真逆にひっくり返し、生徒と一般客の投票による優秀賞もぼくらのバンドに与えられた。
 高校はお互い別々のところへ進学したが、バンド活動はそのまま続けていた。高校の軽音楽部でぼくが2heartと、喜三也がpain+と出会い、足りなかったドラムを募集して応募してきたD.Cを交えて、Type-circusは結成された。
 ヴィジュアル系バンドとして活動をするために、最近はバンドに一人はいる「女形」の役に、ぼくが選ばれた。その理由は単純にも「女装が一番似合いそうだから」というだけだった。ぼく自身も女装することに抵抗はなかったし、むしろバンドのそのような位置に憧れを持っていたため、「待っていました」とはしゃぐような気持ちだった。
 それから月日が経ち、D.C以外の四人は大学生活の半分を終え、もうすぐ三年になろうとしている。
 ライブ活動は受験があった高校三年を除いて、ほぼ継続的に行ってきた。それぞれ大学のサークルや別なバンドを掛け持ちしていたらしいが、それでもType-circusは今日まで解散せずに活動を続けてきていた。
 
「それなのに――どうして脱退するなんて言い出すんだよ」
 ビールをジョッキで一気に飲み干して、D.Cは聞いた。Type-circusのリーダーはKanonなのだが、D.Cの方が年上で、彼はスタジオミュージシャンとしての活動もしているため、バンドでの曲作りや方向性はKanonが、それ以外の打ち上げの仕切りや事務的な作業はD.Cが受け持っている。
 Kanonもそれは納得の上で任せているし、D.Cはぼくらよりも十歳ぐらい年上で頼りがいもあるので、バランスが取れてちょうどいいのだ。
「朱ねこがいなくなったら、一気にバランス崩れちまうだろ。ファンだって、Kanonとお前の二人についてるヤツが多いんだからさぁ」
 2Haertが割り箸の先を擦り合わせながら、不服そうに言った。
「余計な時間も掛けたくないし、今月俺は金欠だからこの際はっきり聞こう。――朱ねこは、俺が嫌いだから脱退したいのか?」
 pain+がタバコを灰皿に押し潰し、細い目をいつもの二倍ぐらいに見開いてぼくの目を視線で打ち抜くように質問した。
 pain+は確かにぼくによくちょっかいをかける。スタジオでの個人練習中にマイクに変なエフェクトを掛けたり、歌詞カードの一部を恥ずかしい言葉に代えたり。そういうところを自分の好き勝手やっていたことを詫びるつもりで聞いているのだろう。
 だけど。
「ううん、違う」
 ぼくは大きく首を横に振った。
「だ、だとしたら、俺か?俺が嫌いだからか?」
 テーブルに手を置いて乗り出しながら聞く2heartに対しても、ぼくは首を横に振った。
「まぁまぁ。もしそうだとしても、本人の前じゃはっきり言えないだろう。――おい、Kanonも聞いてやれよ。付き合いの一番長いお前なら、だいたい予想がつくんじゃないか?」
作品名:ぼくは脱退します 作家名:みこと