妄想
Scene9
「おにぎりの海苔はパリパリなのもいいけど、しんなりしてるのもいいよね」
コンビニのおにぎりのパッケージをピリピリと剥きながら彼女が言う。
その手の中にあるおにぎりはパリパリな海苔のタイプだ。
「それ、しんなりしてないけど」
「うんわかってる。あ、また端っこ破れた」
パッケージの中に残された海苔の切れ端を悔しそうに見つめた後、くしゃっと丸めてゴミをまとめる。
大口を開けて一口かじり、もぐもぐと口を動かしながら話を続ける彼女。
「なんつーの? このパリパリッとして新鮮な感じも捨てがたいんだけどさ、しんなりとしてごはんと一体になった感じがたまらんのよね。例えると、パリパリ海苔は付き合いたての初々しいカップルで、しんなり海苔は艱難辛苦を乗り越え、長年連れ添ったカップル、みたいな?」
言いながら、目がきらきらしてきている彼女。
また妄想の世界にトリップし始めたようだ。
おそらく、彼女の言うカップルというのも女性同士を想定しているのだろう。
「その例えはいらんけど、まあ、言いたい事はわかった。なら、直巻きのおにぎり買って来れば良かったでしょ」
私がため息混じりにそう言うと、眉間に手を当て、わざとらしい態度であきれたという感情を表している。
「君は全くわかっとらんよ。今ここで重要なのはおにぎりではない。例えに出した内容こそが主題なのだと、何故気付かん」
「はぁ?」
何を言ってるんだ、こいつは。
今はおにぎりの話をしていたじゃないか。
私が「意味が分かりません」という意思を最大限に表情に出していると、彼女はまたおにぎりを頬張りながら言う。
「うちらもそろそろ、良い感じにしんなりしてきたんじゃないかと思ったけど、まだまだみたいだね」
「ああ、そういうこと」
「そう、そういうこと」
「艱難辛苦は乗り越えちゃいないけどね」
「まあね。でも私の馬鹿な妄想を乗り越えられるのはあんたぐらいなんじゃない?」
「乗り越えた覚えはないよ」
そう言いながらも悪い気はしなかった。