妄想
Scene8
今日提出の宿題をすっかり忘れていた私は、放課後に残って机にかじりつく羽目になった。
必死で問題に頭をひねっている私の前の座席で、彼女は携帯をいじくっている。
「ねえ、まだ終わらないの? 早くしてよ」
携帯からは目を離さず、彼女が言う。
「うるさいな。ねえ、ここ分かんない。教えて」
さっきから詰まっている問題の解き方を彼女に尋ねると、いかにも面倒臭そうにノートを覗き込んできた。
う、ヤバい。
顔が近い。
なんか、いい匂いがする。
「ああ、これはね〜」
彼女は問題の説明をしてくれているが私はそれどころではない。
問題に集中しようとはするのだが、滑らかに動く唇にどうしても目が行ってしまい、やたらと顔が熱くなってきている。
挙動不信な私に気が付いたのか、彼女が文句を言う。
「ちょっと、ちゃんと聞いてんの? 全く。人がせっかく教えてあげてるのに」
「き、聞いてるよ。えっと、これをどうするんだって?」
それからは彼女の機嫌をこれ以上損なわせないよう、なるべく早く宿題を済ませた。ところどころ確実に間違っている箇所はあるが、そこは見逃してもらおう。
「さて、さっさと提出してくるよ」
机の上を片付け、ノートを持って立ち上がろうとした瞬間、首元を強く引っ張られ思わず前のめりになり机に手を突く。
目の前には彼女の顔、唇には柔らかな感触。
彼女の顔が離れていってようやくキスをされていた事に気が付く。
「キスしたければすればいいんだよ。本当、あんたはヘタレだね」
そう言って鼻で笑う彼女の手には私の制服のネクタイが握られていた。
私はすとんとまた椅子に腰を落とすと立てなくなってしまって、それを誤魔化そうと強気な台詞を口にする。……つもりだった。
「うっさい! ヘタレじゃないよ! 奥手なだけ!」