妄想
Scene16
「私、あんたのこと好きだわ」
いつも通り無遠慮に部屋に上がりこみ、雑誌を読んでいた彼女に突然そんな事を言われた。
視線だけを動かし表情を窺おうとしたが、頬杖を突いている彼女の顔は長い髪に遮られてしまっていて、本気なのか冗談なのか判断がつかない。
口に含んだままだったお茶をごくりと飲み込む。
「さらっと凄いこと言いますね」
「そうでもないでしょ」
いつもと変わらぬ口調でそう言う彼女がこちらを向いた。
言葉とは裏腹になんとなく顔が赤く、私はそれを指摘する。
「その割には顔赤い気がしますけど」
すると彼女はまた雑誌に目を落としてしまう。
髪がはらりと朱に染まった頬を隠した。
「ん? 気のせいじゃない?」
彼女がやたら平静を装いたがるから、少しからかってやりたくなった。
「そうですかね。ちょっとこっち向いてくださいよ」
伸ばした手を彼女の頬に添え、半ば無理やりに顔をこちらに向けさせる。
今度はなんとなくどころじゃなく赤い。
「やっぱり、赤いですよ」
「気のせいだよ」
未だに「気のせい」と言い張る彼女の瞳は、もう、目を回すんじゃないかと思うほどにゆらゆらと動き回っていた。
「じゃあ、もうちょっと近づいて確かめますか」
そう言って私はゆっくりと顔を近づけていく。
「え」
そう声を漏らした彼女だったけれど、互いの唇が触れていってもよけることはしなかった。
手のひらで触れた頬も、私のそれで触れた唇もとても熱かった。
近づいたときと同じくらいゆっくりと離れると、彼女の頬どころか耳や首まで赤く染まっていた。
「ほら、やっぱり赤いですよ」
「うるさいよ」
ようやく「気のせい」以外の答えを得て満足する。
「先輩、私も先輩のこと好きですよ」
ずっと思っていたことを言葉にした。
頬に添えていた手を退けさせられ、また彼女は雑誌に目を落とす。
髪がはらりと表情を隠した。
「気のせいだよ」
もう一度手を伸ばし、彼女の髪をよけると目に涙が滲んでいた。
「気のせいじゃないですよ」
言いながらこぼれそうになった涙を指ですくった。
彼女は何も言い返さなかったけれど、私は彼女と自分に言い聞かせるかのように繰り返した。
「気のせいじゃないです」