ひまつ部①
「なぁ、これって…」
「はぁ? アンタほんっとうに何も知らないの? これはアドベンチャーゲームよ。ゲームの主人公になったつもりで物語を進めていくのよ」
「説明書を読む限りでは、登場する美少女キャラと恋愛をするゲームみたいだね」
いつの間にか春樹までゲームに参加していた。
つーか、ゲームの中で恋愛ってどうなんだ…
「まぁ、良いから見てなさいって!」
ティアは問答無用でプラスラブを進めていく。
『あ、蒼空くんおはようっ 今日も天気がいいねっ』
鼻に付くような甘ったるい声で音声が流れる。
ただし、蒼空の部分は再生されなかったが。
画面には可愛いイラストで描かれた女の子が映し出される。
学校へ登校した主人公へ挨拶をしているようだ。
『あぁ、吉崎さんおはよう。今日も笑顔が素敵だね』
「はあああああああっ!? なんじゃこの蒼空! 声かけた女に片っ端から口説いていくのかよ!」
「うわぁぁ、ロリだったら完全にドン引きじゃな」
「蒼空酷いな」
「お前らー!」
なぜかプレイヤーのリアル女子には大不評なゲーム中の俺。
あぁ、俺がんばれ…
『そ、そうだ蒼空くん… 』
少し照れながら上目使いで見つめる吉崎さん。
つーか、キャラクターが良くしゃべるし動くんだな。なんかすげぇ。
『週末なんだけれど良かったら一緒に映画でも… あのっ 都合が合えばでいいからっ』
画面の中央に選択肢が3つ表示された。
A.「いいよ! 俺も吉崎さんを誘おうと思ってたんだ!」
B.「ごめん、その日は用事があるから」
C.俺は何も言わずに立ち去った。
「あんだこれはああああっ アタシの吉崎を蒼空なんぞに奪われてたまるかああああ!」
「ティア! Cだ! これで吉崎は蒼空から離れる! 終わりだ蒼空ァ!」
もはや何のゲームなのかわからないが、吉崎さんがゲームの俺に好意を持つことが許せないらしい。
何なんだよお前ら。ゲームの主人公なんだから、嫌われたらダメなんじゃないのか? と思ったが俺は敢えて黙っていた。
「2人とも落ち着いて。たとえ蒼空に取られることが許せなくても、この選択肢で吉崎に嫌われると、今後吉崎と仲良くしにくくなるかもしれない」
「「な、なんだってー!」」
俺はこのゲーム見てるよりお前ら見てる方がよほど楽しいよ。
2,3日ぶりくらいにそんなバカな的な表情をしたティアとロリ。
つーか、ゲームなんだからそのくらい予想付くだろうが。
「くっ… 仕方あるまい。ここは、吉崎に免じて蒼空の好感度を上げてやることにしよう」
「蒼空ェ…」
2人の鋭い形相が俺をにらむ。おいおい、俺を睨むなって。
俺は窓際に視線を移して移り行く雲の流れを見つめていた。
「うはははははは! この腐れビッチがぁ! 尻振るしか脳のない貴様に遥はやらんわぁ!」
「どーせ、こいつもリア充だろぉが! うはははははっ!」
非常に下品なセリフと笑い声で目が覚める俺。
いつの間にか寝てたのか。声の方へ視線を移すと3人はまだプラスラブをプレイしていた。
『酷い… 酷いよぉ! 蒼空くんこんなことする人だなんて思ってなかったのに!』
ツインテールの可愛らしい美少女が涙目で俺に叫んでいる。
うわ、なんか俺じゃないのに胸に刺さるなこれ。
『蒼空くん… 私、蒼空くんがそんな酷い人だなんて思ってなかった』
吉崎さんまでもが冷たい目で俺を見ている。
ちょっと、どういうことだ? 俺は一体!?
って、ゲームの話だよなこれ。
「ロ、ロリ! どういうこと! 吉崎が! 吉崎があああ!」
「ティア! 吉崎が! なぜじゃ! どういうことじゃ!」
「2人とも吉崎以外の女の子に酷いことしすぎだよ。一応他の子からの情報も共有してるみたいだから、1人だけに良くしてもダメだよ。噂は広がっちゃうみたいだね」
『私、蒼空くんを見損ないました。サヨウナラ』
「「あああああっ 吉崎いいいいいいいい!!」」
2人の絶叫する声が部室に響き渡る。
「蒼空! アンタ、吉崎を!」
「蒼空! 吉崎に謝れ!」
俺は蛇に睨まれた蛙の気持ちが少しわかった気がする。
もう、わけわかんねぇよ、好きにしてくれ… 的な何かが。
「お兄ちゃんっ 私部活終わったよぉ♪ 一緒に帰ろっ」
不意に部室のドアが開いたと思ったら既に俺の腕を掴む陽向。
陽向も今日は部活だったのだ。
「もう、そんな時間か。じゃぁ帰りましょ。吉崎の恨み忘れないからな!」
ティアの一言に全員が頷きいそいそと帰り支度を始める。
そしてその捨てゼリフは何なんだよ。俺関係無いだろうが。
「陽向、お前この部室を見て驚かないんだな…」
「いやぁ、最初は驚いたよ! でもお兄ちゃんがいたから視線がすぐにお兄ちゃんに行っちゃったっ♪」
なんだろう。俺の周りにはいろんな意味で問題あるやつが多い気がしてきた。
いつの間にか暗くなっている空に視線を移しながら今後の部活動が思いらやれた。
翌日の放課後。
「吉崎ィィィィィ! あなたはどうしてそれほどまでに可愛らしい子なの! 決めたわ! アタシも吉崎みたいな恋をするわ!」
「そんな! 吉崎みたいな恋をしてしまったらロリはどうなるのだ! ロリは!」
「うふふ、バカねぇ。ロリを1人ぼっちにするわけないじゃない… さぁ、いらっしゃい…」
何だかんだでゲームを自宅へ持ち帰ってひたすらプレイしたティア。
どうやら彼女は吉崎みたいな恋をしたいらしい。
なのにいつも通りロリに毒牙を向いているが、もう俺は気にしない。ソファーの見えないところでやってくれ。
「お兄ちゃん、はいどうぞ♪」
「お、さんきゅ」
陽向が差し出す紅茶をすすりながら、俺は今日も部室から見える空を眺めた。
この部活、何する部活だよ…