ひまつ部①
「なによ、あんたナイトなんでしょ。それくらい防ぎなさいよ! アタシが前にプレイしたフォイナルフォントジィのナイトは超強かったわよ!」
他社のゲームと比べてはいけません。とはいえ、一応仲間だろうに!
こうして俺達は順調に狩りと呼ばれる行為を楽しんだ。何か表現していて気分のいいものではないが。
「疲れたぁぁぁ…」
「ロリはもうハラペコじゃ! うまいご飯が食べたい!」
何だかんだでずっと森の中でモンスターを狩り続けていたので、全員程よくレベルが上がっている。これなら泉の凶暴なモンスターも行けるだろう、ということで俺達は街に戻ることにした。
街の宿屋にて。
「で、今日僕達が進んだのはこの辺りまで何だけれど」
テーブルの上に地図を広げ、ななたが今日の進んだ内容を振り返る。大雑把な地図ではあるが、泉の場所がしっかりと書かれているため全体のイメージを捉えるには十分だった。
「泉がここってことは、あっさりたどり着きそうね。あの辺もモンスターはもうザコだし」
レベルが上がるにつれてティアとロリの強さが凶暴になってきていた。後半はほとんど2人で一掃していたくらいで、残りのメンツは溢れたモンスターをたまに倒す程度だった。
もはやどちらが怪物かわかったもんじゃないな。って、これは心の奥底にしまっておこう。
「泉の番人と呼ばれるそのモンスターは、最初のボスだね。多分一撃がすごく重いから2人とも気をつけてね」
「大丈夫よ。攻撃を受けなければいいのだから!」
ななたの説明に、大きく胸を張るティア。ロリはもう疲れたのかウトウトとしている。
ゲームの世界で寝たら、実際の方も寝たことになるのだろうか。いくつか疑問が浮かび上がってくるが、この際どちらでもいいか。俺達は明日のボス戦に向け部屋へ戻って行った。
ベッドに横になり、窓から見える月を眺める。本当に不思議な世界だ。ゲームをプレイしているはずなのだが、実際に生活しているのと差異を感じないところが技術の革命といったものだろうか。脳に直接信号を送りつけることで、こうもリアルになるものなのだろうか。考えても答えが出るわけない疑問にぶつかりながら意識が薄れていくのを感じた。
――ギィ
不意に俺の部屋のドアが開く。こんな時間に誰だ?失いかけていた意識を必至に戻そうとするが、疲労している身体を動かすまでには至らなかった。
「ウフフ… ここは現実世界じゃないんだもんね。だったら今がチャンス… だよね」
何かボソボソとしゃべる声が聞こえるが、意識を失いかけている俺にはどうすることもできなかった。
「おにいちゃぁぁぁんっ」
俺の身体の上に重力がのしかかる。いや、陽向か!
「お、おぃ陽向! こんな時間になんだ!」
「おにぃ… ちゃん…」
頬を赤く染め上げ、少し潤んだ潤んだ瞳で俺を見つめる陽向。月明かりが部屋に差し込んでこないのでその表情はハッキリとは見えない。が、なんとなくそんな印象を受けるしゃべり方だった。
「ここは現実世界じゃないから… 今こそおにいちゃんと!」
「って、ひな―ッ」
押さえつけているのは陽向なので、簡単に這い上がろうとする俺だが今日は簡単には行かなかった。全身が金縛りにあっている感覚で手足を動かすことがままならない。
「ウフフ… こういう時のマインドブラストなのよね…」
マインドブラスト! 今日の狩りで陽向が習得したスキルのひとつである。対象の動きを封じ込めるという効果だったか。まさか、こんなことに使われるとはさすがに予想してないぞ!
「おにいちゃん… 今だけはわたしのものだからね…」
「ンーーー! ンーーーーーーー!!!」
もはや言葉もしゃべれない俺に、どうすることもできはしないが最後まで抵抗する。現実世界とか関係なしに兄妹だから! このままじゃ一般向けにできねぇから!
「おにいちゃ〜ん… だぁいす… きゃぁっ」
「だからやめろって陽向ぁ!」
抵抗を続けていた身体が急に動き出した。と、思いきや逆に陽向に覆いかぶさるような体制になってしまった。
「お… おにいちゃん… おにいちゃんから来てくれるの…?」
「ちがっ お前なぁ、誤解を招くような発言は…っ」
―パチン
その瞬間、俺の部屋がランプの光に包まれた。
「もー、さっきからドッタンバッタンうっさいわねー! 何してん… の、よ…」
視線先には俺達兄妹を除くひまつ部のメンバーが勢ぞろいしていた。
「そ、蒼空おにいちゃん…」
「やはり蒼空はそういう趣味があったか。現実世界で無くなれば何をしてもいいというのだろうか」
ななたのさげすむような目と春樹の傷口を抉るような鋭利な言葉が身に突き刺さる。
「いや、違う! そうじゃないんだ!」
「おにいちゃん… やさしく、してね…」
俺の腕の中で頬を染めた陽向は火に油を注ぐようなことを平気で呟く。
「お前は何をしとんじゃーーーーー!!!」
ティアの言葉を聞き終える前にスリッパの様な者が俺の顔面を打ち抜いた。
俺はただ眠りたかっただけなのによ…
「ティア、どうしたのじゃ急に? あんなの放っておけばよいじゃろう?」
「べ、別になんでもないわ。ただ、なんとなくムカついただけよ。さぁ、ロリ一緒に寝ましょう」
ティアはロリの手を引いてそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「じゃぁ、はるも寝る〜。次は静かにね」
「蒼空おにいちゃん…」
春樹とななたも部屋を後にする。ななたの呼ぶ声がいつまでも耳から離れない、そんな気がした。
「じゃぁわたしも寝るねっ おやすみ、おにいちゃん♪」
そう言い残して陽向も部屋を出て行った。つーか、アイツ何しに来たんだよ…
どこまで俺のアイデンティティを崩壊させれば気が済むのだろうか。もはや名誉を挽回するチャンスがあるのか疑問な今後の生活に枕を濡らすことしかできなかった。
現実世界でもゲームの世界でもさほど変化が無いのは、俺自身もっとこう努力するべきなのか。人生の大きな課題を垣間見た気がしてならなかった。
翌日。俺が食堂へ降りた時には全員揃っていた。
「おはよう、おにいちゃん♪」
満面の笑みを隠しきれません、とばかりに笑顔溢れる陽向とその他メンツ。ティアに限って言えば非常に機嫌が悪そうに見えなくもないが。俺と言えば、昨晩の出来事で熟睡することができず意識がふわふわした状態であるが。
空いていた席に腰かけ、朝食をいただくことにする。
って、今思い出したんだが普通にゲームの世界で生活してるぞこれ… 現実を忘れてしまうと危険な感じがするのは気のせいじゃないだろう。
「なぁ、ちょっと思ったことがあるんだけどさ」
俺は今感じた疑問というか不安をみんなに問いかけてみることにした。どう考えるだろうか。
「今こうして目覚めてから朝食してるけどさ、ゲームの中の話だろこれ。一瞬現実を忘れかけてた気がするんだが、みんなはどうだ?」
「「「――あっ!」」」
ハッとした表情で見つめ合う部員達。やっぱそうだよな。あまりにリアルすぎてゲームをしていることを忘れてるよな。
「ロ、ロリは最初から気がついておったぞ!」
「はるも同意見だ。現実とゲームの区別くらいできっ… できるよ」