ひまつ部①
仮想より現実
「さぁ!」
目の前で大きな瞳を一段と輝かせどこまでも晴々とした笑顔を振りまくティア。魔法少女の格好がえらく気に行ったのか、ロリのヴァンパイアな格好に奮起したのかはさておきこの上ない美少女として君臨していることにいささか戸惑いを隠せない俺。黙っていれば事なきことを得るのにな、なんて思考を巡らせるものの、学校のプールに砂糖を一握り入れるようなものだ。プールの水は甘くならないし、砂糖なんて一瞬で溶けて消えてしまう。俺がどのような思考を巡らせようともティアにとっては全く無意味なものであることくらいこの数ヶ月の付き合いで良くわかっている。
「みんな! さっさとそのなんたらって怪物をぶっ飛ばしに行くわよ!」
「楽しみじゃ! どんなカスいのが出てくるのかロリは楽しみじゃ!」
ギルドへ向かい、ギルドマスターからクエストのという物語のイベントを聞かされた。なんでも、側にある神聖な森に怪物が住み着いたらしい、とのこと。奥に湧き出る泉はこの街の重要な資源らしいのだが、モンスターが発生してから近付くことができないという。そのモンスター退治の依頼だった。
「ティアお姉ちゃん、今のままじゃちょっと厳しいよ。まずはLvをあげなくちゃぁ」
ななたが積極的に話をする。やはりこういったゲームは慣れているのだろう。俺は口を挟む余地が無いので今回は傍観者でも気取らせてもらうか。
「どうして? アタシがそんなの一瞬で吹き飛ばしてあげるわ」
「みんなLv1だからスキル使えないし、敵も固いんだよぅ」
ななたの発する単語の中に聞き慣れないものが混ざっていることに一同困惑気味である。
「ななた、もっとよくわかるように説明してほしい。みんなこういうゲームは初心者だ」
春樹のごもっともな意見。仮想世界でも春樹は春樹だった。
「えぇと、みんなそれぞれ職業に見合った特別な力があるんだ。それをスキルっていうんだけれど、例えばティアお姉ちゃんだったら攻撃魔法だね。今は全然使えないんだけどLvを上げることでいろいろ覚えていくんだよ。そういったスキルはとても破壊力があるから、強いモンスターと戦う場合には絶対に必要なんだ」
ななたの説明にクエスチョンマークの抜けないティアとロリ。春樹は熱心に話を聞きながらふんふん、と首を縦に振っている。俺もなんとなくだがわかる。陽向に関しては傍にある花壇を眺めているが。
「要するにいきなり攻め込むと大変だからじっくり進めなさいね、ってことね!」
ティアの解釈は単純かつストレートだった。間違いではないのだが、正解でもないのが辛いところ。
「とりあえずさぁ、その森に行ってみようよ♪ お花いっぱいあるといいなぁ」
陽向の言葉が最後の後押しになったのかはわからないが、俺達は目的地である神聖の森へ向かった。
しかし、これがゲームの世界なんて未だに違和感がある。なんせ、実際の世界と感覚が変わらないのだから。空は綺麗に晴れ渡り雲が流れている。木々は生い茂り、色取り取りの花が俺達を出迎える。静かに聞こえる川のせせらぎは約2名の話声により寸断される。ゲームをやっている意識を抜けば、部員のみんなでピクニックに来た気分になる。まぁ、みんなの服装というかコスチュームが現実離れしているのでその心配はないが。
「いい天気だね、おにぃちゃん♪」
柔らかな笑顔で俺の隣に並ぶ陽向。白いシスターっぽい服が何とも可愛らしい。その隣はしっぽをゆらゆらと軽快に歩くななたの姿。もうコイツはマスコットでいいんじゃないだろうか。どう考えても戦闘向きじゃないのは目に見えている。
「ギシャァァァーッ!」
突然腹の底を抉るような気味の悪い泣き声が聞こえた。目の前には数体の化け物が立っていた。これがモンスターってやつか。なんともおどろおどろしいな。ここまでリアルにする必要はないと思うのだが。中肉中背の大人くらいの大きさではあるが、どう見ても友好的ではない眼差しを俺たちに注ぐ。全身を緑色に染めたような人間に近い体つき。筋肉質ではあるが、なぜか腹だけはぽっこりとしていた。
「ビィィィエェェェッ!」
怪物の群れの中の一匹が陽向目がけて飛びかかってきた。おい、問答無用なのかよ!
「陽向っ」
俺は陽向の手を取り駆けだす。こんなのとどうやって戦えって言うんだよ! 戦いに関してもリアル過ぎてどうしていいかわからない。
「でったわね、このバケモンが! ロリ! 行くわよ!」
「あんな気色悪い奴等は全て抹殺じゃ!」
あ、あれ… 一般的な常識人の反応として俺の取った行動は間違いではなかったと思うのだが。ティアとロリは臆することなく怪物に向かって走り出す。
「ティアお姉ちゃんは下がって! 魔法使いは前衛じゃないんだよっ ロリちゃんは普通に殴る感じでいけるから! 羽も攻撃に使えるよ!」
ななたがまたもや解説を始める。っていうか、この化け物どもにたじろぐそぶりは一切ない。どうなってるんだ一体。
「もー! なんでアタシは接近できないのよ! こんな奴らこの杖でボコボコにしてやるのに!」
「ティアお姉ちゃんは物理攻撃じゃないからダメだよ」
その間にロリは怪物どもに急接近する。怪物が振り上げた両手が振り下ろされる前にロリは懐へ潜りこみ背中の翼で怪物を切り刻んで行く。どこであんな戦い方を覚えたのだろうか。動きが俊敏過ぎて現実世界じゃないみたいだ。あ、ここは仮想世界だっけ。
「うはははははっ ザコはどこにいてもザコじゃのう! ロリの羽で切り刻まれることを幸せに思うがいい!」
「ロリー! 超可愛いわぁあぁー! きゃぁきゃぁっ!」
一体、また一体と怪物をなぎ払っていくロリ。その戦う姿に一段と大きな声援を送るティア。
「これでラストじゃっ!」
10数体いた怪物はあっさりと倒された。その瞬間、みんなの身体がキラリと光った。
「やったぁ、レベルアップですよ! 僕たち今パーティ組んでいるから経験値が自動的に入るんです!」
「レベル上がったから何か変わるわけ?」
ティアの素朴な疑問に全員がななたを見つめる。
「みんな、ステータス画面を見てみるといいよ。多分スキルが追加されていると思うよ」
「わたし、回復魔法覚えたよ!」
陽向がVサインをしながらきゃっきゃと飛び跳ねる。
「はるも何か覚えたぞ。わんこを召喚できるみたいだ」
春樹が微妙な召喚獣を手に入れたらしい。果たして役にたつのだろうか。
「ロリは何も変わってないな。まぁ今のままでも十分強いので問題ない!」
「っしゃああああああ! アタシも何か覚えたわよ!」
広げた翼をパタパタしながら自慢げに答えるロリ。そして異常に黒いオーラを身にまとったティアが俺を見ている気がしてならなかった。
「ふぁいあああああぼーーーる!」
ティアの大きな掛け声とともに火の玉が俺を目がけて飛んでくる。って、おいおいおいおいおい!
「うわっちゃあああああああっ っちぃ! あっちぃ!」
「お、おにいちゃん! ヒールかけてあげる!」
何がどうなった! 今何が起きた!
「ふん、運のいい奴め! さぁ、もっと奥まで進むわよ!」
「おいティア! いきなり何するんだよ!」
新しいスキルを俺で実験したとしか思えないその行動。ここはしっかりと正しておかねばならない。