ひまつ部①
「その台のは多分難しいよ。こっちの方がまだチャンスかな。さっき何人かやってたみたいだからさ」
今見ていた台の裏側にももう一台あった。丁度隣の大きなクレーンゲームの死角になって気が付いていなかった。俺としたことがこんなミスを。
こちらの台にもお目当てのキーホルダーがつらさげられている。幸運なことに若干だが切れ目が入っていた。
「陽向、これならあっさり落とせそうだ。待ってろ」
「ホント!? さすがお兄ちゃん♪」
兄弟二人してクレーンゲームのウインドウ越しに顔を近づける。いや、まだお金入れてないけれど。
「2人は本当に仲が良いな。見てるこっちまで微笑ましいよ。じゃぁ、何かあったら言ってくれ〜。私はその辺にいると思うから」
相変わらず笑顔な茄奈。そしてその元気さに完敗だよ。
結局キーホルダーを取るのに3回プレイするという大失態。いや、これは大失態ではない。なんせ失敗した2回ともタイミング良く陽向が抱きついてくるもんだから手元が狂ってしまうのだ。ゲーセンに集中している俺は陽向からすれば無防備なんだそうだ。
目の前の獲物を集中しているのだから当り前だろう、という話なんだが。
――帰り道。
あの後、ショッピングゾーンにて晩飯の買い出し、そして帰宅という流れだ。
特にこれと言って大きなことはなかったのだが、予想通りと言うかなんというか。
スーパーのレジに茄奈がいたことは気にしないでおく。
「おにいちゃん、今日はありがとう♪」
「たまにはこうしてのんびり過ごすのも悪くないな」
新学期を迎えてからというもの、事あることにひまつ部に駆りだされた俺。主に雑用。
いつも何だかんだで賑やかで騒がしい部活だが、なんとなく居心地はいいものだ。
そんな荒波のような生活から今までの平穏な一日に戻ると、酷くタイムスリップした気分になる。
家族水入らずで過ごす休日も部活で過ごす慌ただしい日々もありだな、と思ってしまった。
あぁ、なんか俺も変な方向に進んでいると思われるのだろうか。
そこだけが心配である。
ひまつ部はありだと思うが、平穏を捨てたわけではないことをここに固く誓っておく。
「おにいちゃん、どうしたの? しぶ〜い顔になってるよっ」
「あぁ、ゴメン。なんでもないんだ」
「ひまつ部のこと… 考えてたでしょ? 何だかんだでおにいちゃんもあの部好きなんだね〜」
へへへ、と悪戯っぽく笑い陽向は駆け出して行った。つーか俺があの部活を…?
居心地は悪くないが、別に好きだとかそんなことは思っていないんだがな。
駆けだす陽向を追いかけるように、俺達は御影家に戻って行った。