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ひまつ部①

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かぷっ☆

「うわあああああああっ ちょっ ちょまっ 陽向! お前何をっ!」
「私が食べたいのはお兄ちゃん、だよっ♪」
あろうことか陽向は俺の耳たぶをあまがみしてきたのだ。
まさかそんなことをするとは思っていなかっただけに完全にガードが外れていた。

「へへ〜。で、本当はお兄ちゃんの言う通りパスタだよっ♪」
留まることを知らない陽向の行動に俺は冷や汗を流しつつ、パスタ専門店へと向かった。
しかし、陽向のやつどこでああいうことを覚えてくるんだろうか…
いつか妹の情報源を探ろうと、脳内に無駄なメモ書きを残しておいた。役に立たないことを祈るばかりだ。

店内は小洒落た雰囲気の作りになっている。イタリアをイメージしているのだろうか。
壁や天井に描かれた絵が面白い。本当は額縁に入れて絵を飾るのだろうけれど、それを壁に描いてしまうことで全体そのものをデザインとして考えているようだ。壁なのに窓が描かれ、その窓越しに草原が見えているところなんかおかしく感じた。
昼食にしては若干早い時間なので、まだ店内も客がまばらである。ピーク時にはどうなるのだろうか。
案外混まなかったりしてな。

「いらっしゃいませ〜。2名様… って蒼空?」
「おぉ、茄奈じゃないか。ここでバイトしてたのか?」
案内するために登場した店員がまさかの茄奈とはな。休みの日もバイトご苦労様です、なんて労いの言葉を浮かせつつ。

「今日はデートか? 連れは… って陽向じゃないか」
「茄奈さんこんにちわ〜♪」
陽向は年齢にしては少し小さい方で、俺は180cm近く身体がある。俺が陽向の前に立つと完全に隠れてしまう形になる。
ひょっこりと顔を出した陽向が茄奈と挨拶を交わす。どうにも茄奈の口ぶりが気になるところではあるが。

「2名様ご案内しまーす!」
茄奈らしい覇気のある声が店内を貫いていく。
よく通る声だなといつも思うが、バイトで声出しに慣れているせいもあるのだろう。
俺達は窓側の禁煙席に案内された。

「今日はシェフの気まぐれランチってのがいいかもね。本当にシェフの気まぐれで登場するんだけど、何よりも価格が素敵だ」
「じゃぁ俺そのランチで」
「わたしもお兄ちゃんと一緒ので♪」
そう言って差し出されたメニュー表とは別のメニューに視線を向ける。確かに、パスタ、パン2つにサラダ、スープ、デザート1品がついてこれは破格だろう。
何の迷いも無く俺は選んだ。量もあって値段も安ければそれに越したことはないからな。俺が決めたのと同時に陽向も同じものを注文する。
まぁこの辺りは読めてたけどな。とはいえ、2人で1000円は家計に優しい。

「ご注文を繰り返しま〜す。シェフの気まぐれランチをお2つですね。ではごゆっくりどうぞ〜」
終始笑顔の茄奈が店の奥へと消える。そうか、あれが営業スマイルというやつか。
5分後にはすっかり忘れてしまいそうなくだらないことを考えつつ、自分の腹の虫が声を上げようとしているのを抑えていた。

「ありがとうございました〜」
茄奈とは別の店員に見送られ俺達は店を後にする。
何だかんだで居心地がよく、1時間以上ものんびりさせてもらったがピーク時ともなると客が大波のように押し寄せとてものんびりする雰囲気じゃなかった、というのも大きな理由ではある。

「さっきのパスタ美味しかったな。デザートもなかなかのものだったし」
「お兄ちゃんはミートソース系の方が好み?」
先程のランチメニューについてたらたらと会話が続く。ミートソースパスタではないものの、カットトマトをベースにひき肉と茄子と玉ねぎを和えた仕上がりになっていた。パスタと言えば普通のミートソースのイメージが強い俺は複数の具材を味わえることに感心した。そういう料理もあるんだな、と。

さて、お次は予定通りゲーセンへ。ひまつ部では据え置き型のゲームが人気だが俺としてはゲーセンの雰囲気を味わいながらする方がどちらかと言えば好みだ。UFOキャッチャーやコインゲームなんかは、その場でなければ味わえない緊張感というものがあってだな。
一瞬のミスが勝負につぎ込んだお金を羽ばたかせる結果になるという、いわば崖っぷちの勝負だ。そんな緊張感と勝負強さを兼ね備えたゲームはやはりゲーセンでなければ味わうことができない。

「陽向、何か気になるものあれば言えよ。取ってやるから」
「うん、わかったお兄ちゃん☆」
そう微笑んで俺の腕にぎゅっとしがみつく陽向。
ゲーセンについてあーだこーだ語ったが、実際のところはガキん時に陽向を喜ばせるために始めたのがUFOキャッチャーだった、というただそれだけなんだ。今でもこうして遊びに来ては陽向の欲しがりそうなモノなんかを取ってやっている。
しかし、今日の陽向は一向に探しに動かない。どうしたものか。

「なぁ陽向? 今日は探しに行かないのか?」
「だって、気になるものっていったじゃない。だからここにいるの」
「ひーなーた」
「あう」
くっついている陽向の頭をギュッと押し出し、取るものを探してこさせた。
何もないなら取ってやらないぞ、と付け加えることによってようやく動き出してくれたけどな。

「お兄ちゃん、わたしアレがいいな〜」
ぐるぐると探しまわっていた陽向が指示したのは、小さなキーホルダーだった。
何かのキャラという感じではないが、中の良さそうな二人が手を握っている。そのシルエットが微妙にハートのような形に見えないこともない。

「なんかお兄ちゃんとわたしみたい」
俺は台に近づきどういった仕組みになっているのかを探る。基本はUFOキャッチャーと変わらないが、キーホルダーを吊るしてある紐を上手く切れば落っこちてゲットできる、といったもの。
この手のは回数重ねないと取れないんだよな、と出費を覚悟するかもっと見定めるかを迷っていたところ――

「あれ、また蒼空じゃないか」
「茄奈さん、こんにちわ〜。良く会うね♪」
またまた茄奈の登場である。次は、このゲーセンの制服を着ているところからすると…

「今はここでバイト中なんだ。蒼空、その台のモノがお目当てなのか?」
「まぁそうなんだが、さっきのバイトはどうしたんだ?」
「あそこはランチタイムのみだ。あの時間だけやたらと混むからな。暇になれば次のところさ。ここはバイトがたくさんあるからがっつりと行けるよ」
茄奈の働きぶりには脱帽だ。もはや敬意を示さなければ。このゲーセンの他にもバイトしてるのだろうか。

作品名:ひまつ部① 作家名:天宮環