ひまつ部①
日曜日
入学式、始業式も終えすっかりと春の季節を満喫できる日々。そんな出会いの4月も終わりにさしかかったある日曜日のこと。
基本、ひまつ部は暇つぶしを行う部活なので暇があれば部活に来るように、となっている。
それは休日でも変わりはなかった。
うちの学校は全寮制を採用しているため、寮に住んでいるやつは休日でも違和感なく部室へ足を運んでいた。
俺も陽向も暇なときは部室に行っていたが。
だが、今日は部室に行かず別の用事をこなすこととなっている。
その理由を説明するならば、ひまつ部設立のために動いていたある日の晩まで遡ることになる。
帰宅が遅くなったある日、陽向の駄々が捏ねに捏ねられ「なんでも1つ言うことを聞いてやる」という約束をしてしまったのだ。
その約束を今日実行することとなる。
そのお願いというのが「お兄ちゃんと休日にデートする♪」というのだから困りものだ。
まぁ、デートと言っても陽向のウィンドウショッピングに付き合い、軽く昼飯してゲーセンでUFOキャッチャーやコインゲームで楽しんだ後は、晩飯の材料買い出しってだけだ。至って普通の休日ということ。
そんな俺は駅前の広場で陽向を待っている。
一緒に出発すればいいのにデートらしくないから待ち合わせする、と言うことを聞いてくれなかった。
デートもくそも血のつながった兄妹だというのに。
妹の将来がやけに心配になるが、そんな不安を綺麗に吹き飛ばしてくれそうなほどの晴天。
雲がなかなか見えない青空から、ちょっとした雲を探すのも1つの楽しみだな、なんて青空鑑賞をしていると陽向がやってきた。
「おにいちゃん、遅くなってごめんね」
息も絶え絶えに駆け寄ってくる陽向。別にそこまで急がなくてもいいのに。
約束の時間まであと5分はある。
「そこまで急がなくてもよかったのに」
そういう俺に、待ち合わせ場所に近づくと俺が見えたから走ってきた、とのこと。
なんとも健気と言うか、真面目なやつだと思えてくる。
そんな陽向は白いワンピース姿を身にまとい、麦網の小さな帽子が何とも可愛らしい。
ちょっと大人っぽく見える陽向に俺は微笑んだ。
「これ、似合ってるかな…?」
「あぁ、ばっちりだ。いつもとはまた違った雰囲気で良いと思うぜ」
「お兄ちゃん、だあーい好きっ」
駅前の広場で堂々と抱きついてこようとする陽向の頭を押さる俺。
目の前では両手をブンブン振り回し、頻りに「お兄ちゃんェ…」と呟く陽向の将来が不安になった。
なんか最近人の将来を不安がってばかりな気がするな。
道行く人の視線が何か気になるので、俺は早々に場所を移動することにした。
もちろん陽向も一緒に。
「ところで陽向。今日の予定はどうなってるんだ?」
「もうお兄ちゃんてば! デートなんだからお兄ちゃんがエスコートしてくれないと!」
一応考えてはいたものの、陽向の意見も聞こうと伺ってみたらこの通りだ。
これ以上追及しても俺が求めているような返答はもらえそうにないので、待ち合わせ時間で考えていたいつものお決まりプランで行くことにした。
「昼飯までまだ時間あるから、モールの中でもぶらつくか。服でも見てみようぜ」
「うん♪」
軽快な返事と共に、左腕が締めつけられる。
いや、締めつけられているのではなく陽向が腕を組んでしがみついてきているだけである。
「陽向、ちょっと痛い。今日は別に逃げも隠れもしないから普通にしてくれ。これじゃ血が止まるよ」
「ご、ごめんお兄ちゃんっ」
しがみつく力は弱まったものの、相変わらずぎゅっとくっついている状態に変わりはない。
まぁ、今日くらい良しとするか…
俺は歩きにくさをこれ以上ないほどに感じながら、駅前のショッピングモールへ歩み始めた。
ここのショッピングモールはめちゃくちゃデカい、と言うわけではないがファッション街、レストラン街、ショッピング街、アミューズメント街としっかり分かれているので比較的回りやすい仕組みになっている。
時間をうまく外せば混んでいる部分も回避できるため、何かとお世話になっている場所だ。
案の定陽向はファッション街に入った途端、様々な服を手に取り見て回っている。
ちょっと子供っぽい服だったり、背伸びをした格好をしてみたり。
兄の俺が言うのもなんだが、正直陽向は可愛い方だと思う。
センスの良さも相まってか、試着するものはどれも似合っていた。ここぞとばかりに購入を進めてくる店員がかなり面倒だったが。
そんな中、俺はある一着に目をとめた。
母さんが生前よく着ていたような服だ。陽向が偶然試着した時に、母さんの面影を思い出しなんとなくその服だけはチェックしていた。
俺は陽向に気付かれないようにその服を買った。
普段の生活仕事は陽向に任せきりなので、せめてものお礼を込めてだ。
「お兄ちゃん! これ着てみてよ!」
自分の服を見ていたのかと思いきや、いつの間にか陽向は俺の服を探していたようだ。
正直俺は服なんて着れたらそれでいいと思っている。外見を着飾ったところで、中身は変わらないしな。
とはいえ、日頃から服のセンスがいまいちと学園の友人にも言われていたのでいい加減気をつけないといけないのか、なんて思ってはいたのだが。
「こんな感じのお兄ちゃん似合うと思うんだけどなぁ」
陽向が手に取ったのは真黒なYシャツのようなもの。でも襟元を良く見ると裏地にチェックの入っておりなんとなくオシャレに感じた。
袖の先もめくり上げる使えるようにボタンが付いており、長袖や6分袖といったバリエーションができるようだ。
「お兄ちゃんいつもTシャツなんだもん。もっとカッコイイ格好した方がいいよ!」
「あ、あぁ…」
俺は値札をちらりとみて服を元に戻す。
陽向の服ならまだしも俺自身の服にはそこまで金をかけるつもりも無かった。
そのあたりは働くようになってからでいいと俺は考えていたから。
ただ、服のデザインは目に焼き付けておこう。安くて似たようなデザインならありだな。
「えー、買わないのー? 着るだけでも着てみようよぉ」
抗議の目をごうごうと浴びせる陽向の頭を撫でてやり、顔がほころんだところで俺は店を出た。
困った時は頭をなでてやると、なんとかなる。
この法則がなんとなく成立しそうなそんな気がした。
「そろそろ昼飯にしようぜ。今入っておけばまだ混んでないだろうし、ゆっくり食べられそうだ」
「さすがお兄ちゃん♪ じゃぁさすが次いでに私が今食べたいものはな〜んだっ」
えへへ、とはにかむ陽向。陽向が好きなものと言えば…
「パスタ系とかか?」
「ぶっぶー! 正解は…」
頬を赤らめながらゆっくり近づいてくる陽向。
すぐ隣まで来て、耳を近づけてと言わんばかりに手招きする。
俺は少ししゃがみ耳を陽向の顔元へ近付けた瞬間――