ラビリンスで待ってて
Episode.4
あたし達は圭介のシングルベッドに横になっていた。
腕枕してもらって、あたしは彼の胸にぴったりと耳をつける。
こうすると彼の鼓動が頭に響く気がするのだ。
ちょうど、ヘッドホンから聞こえる音楽が頭の中で流れているみたい聞こえるあの感じ。
圭介のもう片方の手はあたしの体をまだ弄んでいる。
くすぐったくて、あたしはその手を掴まえてそっと噛んだ。
「・・・って・・。」
少し笑って圭介はあたしの両腕を掴まえ、あたしの頭の上で押さえつけた。
両腕の自由を奪われたあたしの唇にまたキスをする。
忘れることのできない体が溶けるようなこの感覚。
あたしは胸が締め付けられるような幸福感を味わいながら圭介に身を任す。
でも、この夜の圭介はいつもと違った。
いつもの優しい顔に、悲しいような、困ったようなあの表情が浮かぶ。
色素の薄い茶色の瞳であたしを見つめて、思い切ったように言った。
「ねえ、玲。」
「え?」
「お前いつまでこの関係続けたい?」
「は?」
あたしは露骨に嫌な顔をした。
不倫してる男女みたいなチープなセリフ。
一番圭介の口から聞きたくない、そしていつか聞かされるだろうと恐れていたセリフだ。
圭介は覚悟を決めていたようにゆっくり話し出した。
「オレは男だからいいけど、やっぱり玲には普通の結婚して欲しい。」
「・・・普通って何?結婚なんてしたくないし。」
「じゃ、結婚しないで仕事に生きる?進路も決めてないのに?」
「・・・・・。」
担任の先生みたいに痛いとこ付いてくる。
あたしは言い返せなくて圭介をただ睨んだ。
圭介は優しい顔のまま更に残酷なことを続けて言った。
「オレとは戸籍上できないよ。子供もつくれない。おかあさんにだって言えないし。・・てか、誰にも言えないよね。バレたら二人とも変態扱いされるし、オレは犯罪者だな。これってAVだと近親相姦モノって言って・・。」
「やめてよ!!」
あたしは思わず大声を出した。
もう勝手に涙が溢れてくる。
「そ、そんなこと言われなくても、さ、最初から分かってる。なんで意地悪言うの?」
「オレがお前をダメにしてるって思ったから。」
圭介は優しい顔のまま静かに言った。
「このままダラダラ付き合っても出口がない。でも未来もないけど終わりもないじゃん。オレは玲が結婚もしないで、仕事もしないで、どんどん年取ってくのは良くないと思う。」
あたしは沈黙していた。
「オレは昔から意志が弱くて流されちゃう人間だから、ここまで来ちゃったけど。どこで終わらせたらいいのかきっかけもなくて・・・。でも、玲が卒業しても、あのコンビニでバイトしながらまだここに通ってたら、オレのせいだ。それだけは避けたい。」
「・・・それって別れたいってこと?」
圭介は苦笑した。
「お前とは別れられないよ。妹だからな。でも、お前が普通のヤツと付き合って、結婚するなら・・・。」
圭介が言い終わる前にあたしの平手が飛んだ。
「偉そうに言わないでよ!何だかんだ言って、面倒な女と付き合うのが嫌になったんでしょ?変態はお互い様じゃない。今更、見え透いたこと言わないで・・・。嫌いになったんならそう言って・・・。」
ボロボロ涙が落ちてくる。
もうあたしの感情は暴走してしまって止めようもなかった。
「玲、落ち着いて聞いて。」
「は、離して!要するに変態プレーに飽きたんでしょ?もう、無理しないで・・。」
暴れるあたしを圭介はものすごい力で抱きすくめた。
あたしの顔に圭介の顔がぴったりくっ付き、耳元で低い声がした。
「嫌いな訳ない。好きだから言ってる。でも、玲は妹なんだから幸せになってもらわないと困るんだ。」
「なんで・・・?なんで圭介と一緒じゃ幸せになれないの?」
もはやあたしは子供のようにわあわあ泣き出していた。
圭介は黙ってあたしの髪をなでていた。
顔は見えなかったけど、彼も泣いていることは分かっていた。
終わりのない迷宮。
あたしは出口なんか求めてなかったのに。
このまま二人でいつまでも迷宮で暮らしていたかった。
でも、そこから最初に出ようとしていたのは圭介だった。
作品名:ラビリンスで待ってて 作家名:雪猫