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被虐的サディスティック

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 ここを発見した当初は、子供の頃に秘密基地を作ったように、ここを自分だけの空間にして自分の好きなように綺麗にコーディネートしよう、と思っていたが、そんなことをすれば周りに怪しまれるし、何より無駄に金がかかるため、希良はこのままの捨てられた空間を楽しんだ。残されたデスクには、前にここに入っていた企業の資料や年代を感じさせる古い週刊誌などが入っていたりして、まるで殺人事件を調査している探偵、もしくは探検をしてるゲームの主人公にでもなった気分だった。
 とはいえさすがに半年も経てば、この階だけでなく、このビルの部屋のありとあらゆるものを調べ尽くしてしまう。そのため最近は専ら二階の奥にある、開け放たれたベランダに座っていることが多い。プロペラが欠けたエアコンの換気扇や、よく分からないものが積まれた場所を上手く利用してゆったりくつろげる椅子を作り、そこで親のものをくすねたタバコを吸うことが、今の希良にとっては最高の時間だった。
 ちょうどこの時間なら日がほとんど入ってこないし、辛うじて使える扇風機があるため、この季節には良い避暑地でもある。
 つきの悪いライターでタバコに火をつけ、ベランダの外に向かって煙をはいた。タバコの臭いがちょうど埃と混じり合って、何かを焦がしたような香ばしい臭いが漂う。
 ――この世が誰とも一切関わらずに、一人で生きていければなぁ。
 希良はここに来てタバコを吸うと、いつもそんなことを思う。希良は今まで寂しいという感情を抱いたことがないし、逆に孤独の立場に立った時の方が心地よく感じられた。一人でいられる今のような状態を生身の身体だとしたら、周りに人がいたり関わったりする空間は、まるで巨人の星に出てくる、筋肉強制ギブスを付けているような感覚だ。
 世間、社会、人間関係、空気、年齢、男女、立ち位置、友人、家族。
 それらが希良の心を締め付け、結果的にねじ曲げてしまった。学生の内でもこんななのだから、就職して働きだしたら、さらにその捻れは強まるかもしれない。紙粘土を両手でぞうきんを絞るように左右に捻り、螺旋状になってぐにゃりと曲がる姿を想像した。
 ――まぁ、そんな気持ちは誰にでもあるのかもしれないけどな。
 ある程度割り切っているからこそ、希良は一応学校には面倒くさくてもきちんと行くし、中退する気も今のところない。大学にも行ければ行きたいとも思っている(行ったところでほとんど勉強はしないと思うが)。学業を終えて、何かしらの職に就いたとしても、希良は不器用ではないため(乗り物は除く)、それなりにこなせるし、部屋にひきこもったりニートになるつもりは元々ない。籠もれば一人だけの空間は一時的に作れるが、そんな人生を無駄に過ごしているような暇があるなら、バイトでもいいから働いて、役に立つか分からなくても将来のために貯金しておいたほうが遙かに安心出来る。
 ――案外俺みたいなヤツが、世の中上手くやっていけるのかもしれないな。
 そんなことを思いながら、希良はくすっと鼻で笑った。
 すると、それに反応したかのように、開いたままの扉の外――階段の上の方から、何か物音がした。
 希良はすぐに換気扇の上に足を乗せて立ち上がり、タバコの先端を壁に押しつけて消した。鞄を肩に掛け、片足をベランダの柵に乗せて背後を確認するように階段の方をじっと観察する。希良が三階ではなく二階を選ぶのは、今のように何かあったときにもすぐに逃げられることと、三階から飛び降りるよりは二階から降りた方が怪我をしなさそうだからである。
耳を澄ますと、すりすりと擦るような音が聞こえてきた。恐らく足音だ。そして軽い感じからして女性である可能性が高い。――となれば、体力や足の速さなら負けることはまずないだろうから、問題ないだろう。生徒手帳や携帯電話を落とさない限りは、目撃されても「森が丘高校の男子生徒」ということしか相手にも分からず、そんなおおざっぱなくくりじゃまず特定は出来ない。仮に突きとめられても、しらばっくれればいいだけの話だ。
 女性だと分かって安心したとはいえ、少なくとも希良がここに来る前にはこのビルに潜んでいた人物がいたのだから、どんな相手なのか気になる。場合によっては、明日からここに来れなくなる可能性もなくはないからだ。
 足音の主は侵入しているつもりもないかのように、普通に音を立てながら下ってくる。ベランダから扉までが直線上に並んでいるとはいえ距離があるので、相手の歩行速度的に、姿を確認出来るのは一瞬だけだ。瞬きしたら見逃してしまうレベルである。
 希良は、扉で縁取られた僅かな部分だけに集中した。ヒグラシの鳴き声がベランダの外から流れていた。
 まるで「今見えたマークの形はどれ?」というクイズかのように、相手が通り過ぎたのは一瞬だった。
 赤いロングスカートが、ひらり。
 それだけだった。

 通り過ぎてからでも充分追うことは可能であったが、面倒は避けたいのと、何だか得たいのしれない危険性を感じたため、希良はそのまま残ってもう一本タバコを吸うことにした。


作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと