被虐的サディスティック
第二章「心理」
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ここで良いのかしら? あら、変な扉ね、押すの引くの? あらやだ、ココにボタンがあるじゃない、もう。最近は病院もこんなモダンな作りになっちゃって……。
「はい、こんにちは。どうぞ、お掛けになってください」
よっこらせっと。いやねぇ、相変わらず先生はイイ男なんだから。その顔を眺めるだけでもあたしは癒されちまうよ。
「そんなそんな。奥さんの方がよっぽどお綺麗ですよ」
あらやだ、口も上手いんだからぁ。ほんとにテレビに出てる女の子みたいな男の子なんかより、先生がテレビに出てズンドコ歌ってた方がいいわ。そしたらあたし、絶対テープ買ってあげるから!
「ふふ、ありがとうございます。ところで――今日はどういった相談でいらしたのでしょうか?」
あぁあぁ、そうそうそう! 先生の顔眺めてたらうっかり忘れてたわ。――それがね、聞いてくださいよ、もう。うちの主人ったら、相変わらずパチンコにはまっちゃってるのよ。運が良いわけでもないのに何万も注ぎ込んで、それで勝って大金抱えて帰ってくるのならいいのに、素寒貧で帰ってくるのよ? それなのに私に向かって何て言うと思います? 「これでウチは不幸にならなくて済むぞ」なんて、えっらそうにニヤニヤしながら言うんですわ! 先生、信じられないでしょう? もうあたしゃ離婚したくてしたくてしょうがないんですよ。だけどそんなこと言っても寂しいのか「待ってくれ待ってくれ」とか言うばっかりで。まぁその分しっかり老体にムチ打って働いているからまだいいんですけどねぇ。
「ご主人は、パチンコやそれ以外のギャンブルで、大勝ちして大金を手に入れた経験は今までにおありですか?」
そんなことあったらあの人はとっくのとうに会社の社長になってますわ。若い時からギャンブルは色々手を出してたみたいだけど、あの人は産まれた時から運がないんですわ。だからあたしみたいな不細工な女と結婚なんてしちゃったんでしょうねぇ! あっはっは!
「なるほど。ということは、最近急にパチンコを始めたというわけではなく、元々ギャンブル癖というものはあったのですね」
そうよそうよ全くもう。だから娘も家出なんかするんだわ。はぁ。
「娘さんが、帰ってきてないんですか?」
そうなのよ、先生。でも今に始まったことじゃないし、どうせお腹が空いたらすぐ帰ってくるでしょうから、あたしはもうほっといてるんですよ。彼氏の家とかにでも上がり込んでるのかしらねぇ? 妊娠なんてした日には、あたしゃあの子を捨てるつもりでもいますわ。
「ふむ……。娘さんはいつから帰ってきてないのですか?」
そうねぇ、二日前だったかしら? あ、そうよ。ちょうど八月の終わりでしたもん。もう学校も始まってるのに、あの子はちゃんと学校には行ってるのかしらねぇ?
「あまりに帰ってこないようなら、警察に捜索願を出した方がいいかもしれませんね」
あら? そんなことしなくたって大丈夫よぉ。あの子は女の子でも、しっかりした子だから。こないだも痴漢をしてきた男を駅のホームに押し出して、思い切り蹴り上げて撃退したらしいのよ。そんな野蛮なとこ、誰に似たんだかねぇ。それより先生、うちの旦那はどうすればパチンコをやらないようになるんですかねぇ?
「そうですね……。では逆に聞きましょう。奥さんはもし、今お金が手元にあったらどうします?」
そうねぇ。額にもよるけど、少なかったら今日の買い物に使って、多かったら借金の返済と貯金に回すかねぇ。旅行なんて疲れるだけで行きたくないですし、もうおしゃれするような歳でもないですし。イイ男は目の前にいるからねぇ。んふふ。
「なるほど。それでは今度はもし突然お金が無くなってしまい、家も売ってしまいアパートで暮らすことになり、ご主人の年収がなんとか食べていけるくらいになってしまったとしたら、どうしますか?」
あらあら、ずいぶんとひどい生活ねぇ。でも今の主人の様子じゃそんな状況になっても全然おかしくないしねぇ。不景気じゃどこも雇ってくれないし、あたしに出来るのはせいぜい内職ぐらいだし。離婚はしないと思いますけど。ウチの人は根は真面目だから、さすがにそんな状況じゃ、ギャンブルから足を洗うと思うんだわ。
「そうなると、二つの違いは住む場所とお金の有無以外に、何があるでしょうか?」
そうねぇ……。まぁ貯金があった方がもしもの時に使えるからねぇ。安心感っていうのかしら?
「それでは、もしたくさんあるお金の権利をご主人が持っていたとしたら、どうでしょうか?」
あたしは何が何でも奪いとるよ。その場合だったらそれこそ離婚してでもね。あの人に持たせたって、さらにギャンブルに注ぎ込むでパーになるか、いい歳して女遊びに費やして水の泡よ。
「なるほど。……では、それらを今現在の状況と比べてみてください。別にご主人の年収を言う必要はありません。奥さんが沢山のお金を管理している状況、ご主人が沢山のお金を手に入れたがほとんど使い切ってしまった状況。それか食べていけるぐらいの年収しかないアパート暮らし、どれに最も近い状況でしょうか?」
……やだ。てことは、あの人が大金を持ってるのと変わらないってこと? そうよね。家のローンはあっても暮らしていけてるし、あたしも専業主婦でやっていけてるしねぇ。それだと、あの人は貧乏になるまで一生ギャンブルをやり続けるのね。やだわぁ。ほんとになんでパチンコ屋ってジャラジャラピカピカどこの駅前でも営業してるのかねぇ。
「一生かどうかは分かりませんが、何かを改善しないと辞めるのは難しいかもしれませんね」
あの人は頑固だからねぇ。あたしがやめなさいって言ったって「お前には俺の何が分かるってんだ!」とか「俺が働いた金なんだから俺が使っていいだろ!」なんて怒鳴ったりなんかして。もう、子供以下。犬だわ。うちの主人は。犬よ犬。
「改善出来そうな方法が今のところ思いつかないのなら、むしろこのまま主人にギャンブルをやらせておくのも、一つの手かもしれません」
あらやだ、先生そんな綺麗な顔してるのに、うちの主人に味方するの?
「別にギャンブル自体を勧めたり、お金を注ぎ込めと言っているのではありません。ギャンブルの中毒になっている人は、主にストレス発散のためにやっているという可能性が比較的高いのです。全員が全員それに当てはまるわけではないですが、奥さんの忠告に対してそのように反抗的な態度を示すのなら、何か欲しいモノのために一発逆転で稼いでいるというより、単純にゲームで勝ちたいのだと思いますよ」
あんな機械と戦って勝ってもなんの得があるのかねぇ? 男の人のそういうところは、この歳になっても未だによく分からないわ。
「昔からやっていて大勝ちしたことがないのなら、大きく勝ってそこで分泌される脳内アドレナリンで、ストレスと疲れを吹き飛ばしたい、という考えでパチンコを選んでいるのかもしれませんね。お金が増える増えないはともかく、実力や才能がなくても確率次第で当たるわけですから」
でもそしたら、あの人がいつになるか分からないその大勝ちってのを、あたしは今まで通りずっと待ってなきゃいけないのかい?
作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと