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被虐的サディスティック

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 元々ギャルのように派手な格好をしたり、恋愛にもそこまで興味がなければ、おとなしい女子は裏で何を考えているか分からないのが恐いので、特定のグループに属するのは避けていた。さらにクラスといったカテゴリのない大学では、ゼミで授業が一緒になり、自分から積極的に話し掛けていかない限りは仲良くなるきっかけもなかなか無く、キャンパス内では教室と図書館ぐらいしか居場所がないような状況だった。
 だけど、学校の近くにある、パン屋のバイトの先輩とは仲良くなれたのが、まだ唯一の幸いと言えた。
 彼女は私より一つ上で、今はパン屋のバイトを続けながら、大学を卒業してからは、声優を目指すために専門学校に通っているらしい。
 愚痴や悩みを聞いてくれるのはもちろん、店長に怒られたりしたときも、彼女は親身になって慰めてくれる。いつの間にか彼女は、私にとって大きな支えになっていた。
 そんな大学生活ももうすぐ終わりが近づいている。まだ就職の内定は出ていないため不安な面もあるが、それなりに充実した学校生活を送って来れたと思う。
 そしてその大学生活の最後を飾るのが――夢にまで見た、教育実習だ。

 私は教師の立場としての初めての授業やホームルームに戸惑いながらも、なんとか初日は無事に終えることが出来た。
「どうでした? 初めての教育実習は」
 放課後、実習生は担任の先生と話し合う時間が設けられている。二日目以降は五分程度、問題がなければ一言で終わらしても良いのだが、初日はしっかりと話し合わなければならない。
「はい。大学の方で模擬授業などは事前に行っていたのですが、やっぱり実際に生徒たちの前で授業をするとなると、緊張してしまって……」
「ふふふ。最初は誰だってそういうものですよ。私だって実習はもちろん、正式に教師になってから慣れるまでの一年くらいはそうでしたし」
 現在は余裕たっぷりに生徒とコミュニケーションをしている千住先生でも、教師になったばかりは緊張をしていたのか。
「そこのところは実習中でも回数を重ねれば少しは慣れてくるし、生徒もそれくらい分かってくれてるから大丈夫よ」
「はい。頑張ります」
「それと――クラスの子たちはどう思った?」
「クラスの子たち、ですか」
 そう、と千住先生は答えて足を組み、肘を太ももに乗せて手の平で顔を支えた。上目遣いに眼鏡を通して覗く瞳が、すごく色っぽく見えて、同性であるにも関わらず、どきっとしてしまった。
「えっと……みんな真面目な生徒、だと思いました」
「……それだけ?」
「え、えっと……」
 そんなに真っ直ぐにじっと見られていては、生徒一人一人を思い出そうにも思い出せない。
「遠慮しなくていいのよ。この子とは仲良くなれなそう、とか、この子は将来イケメンになるでしょう、とかね」
 フフフ、と千住先生は目を細めて微笑した。
「その……き、希良くんが……」
「あぁ、彼ね」
 先生は私が答える生徒の名前を分かっていたかのように言うと、視線を窓の方へと移した。
「大山君はねぇ。見た目はおとなしくてかわいい顔をしてるんだけど、いまいち中学生の心が抜けてないというか、生意気というか。いわゆる最近の若い子って感じがして難しいのよねぇ」
 彼――大山 希良君は、千住先生の言うとおりに見た目はおとなしくて優しそうな、どちらかというとクラス内でいじめにあいそうな子なのに、実際は不良みたいな生徒なのだ。髪を染めたり非行をしていれば注意はしやすいのだろうが、彼はそういった面は服装以外はきちんとしているし、成績も悪くはないようだ。
「でもあのやる気のなさが厄介なのよねぇ……。ああいう子は、ちょっとでもやる気を出せば、何かに一生懸命になれると思うのに……」
「私が……私がなんとかしてみせます!」
「え、ほんと?」
「はい! 自慢ではないですけど……不良の扱いには慣れているので!」
 あらら、この子怖いこと言うわねぇ〜、と千住先生はソファーに寄りかかってクスクスと笑った。
「まぁ、河井さんは根性がありそうですもんね。まぁ、これも実習の中の一つってことで、期待してるわ。他には……気になった子、いない?」
「うーん、そうですね……。あ、もしかしたら私の単なる勘違いなのかもしれないんですけど――」
「ん? 何?」
 千住先生はどこか楽しげな雰囲気で、赤いマニキュアの付いた細い指を一本ずつ宙で動かしながら聞いた。
「なんだか省かれているというか、クラスの仲間外れにされているような女の子が――」
「あぁ、乃木坂さんね」
 また予想通りの回答だと言うかのように、千住先生は即答した。
 乃木坂さん――。
 出席を取ったときにしっかり名前と顔を覚えたつもりだったのに、記憶の中の顔と名前が一致しなかった。
「乃木坂 佳織さん――。私も今日はびっくりしたわ。ああいう時の人間の本能的な団結力って、恐ろしさを感じるわよね」
「と、言いますと?」
「あの子は元々、クラスでは人気者だったのよ。それこそ、クラスの女子を操ろうと思えばいくらでも操れるくらいの。でも――夏休みが開けて後期が始まった今日、彼女はクラスの誰からも相手をされなくなってたの」
「夏休み中に何か、トラブルになるようなことがあったのですか?」
 私は無意識に身体を前に乗り出していた。
「さぁ……分からないわ。私も今日知ったんですもの。ただ――直接的な原因ではないのかもしれないんだけど、関わっていそうな子はだいたい分かるわ」
「誰、でしょうか」
 名前を聞いたところで顔を思い出せるかあまり自信がなかったが、私は先生の横顔を見つめながら聞いた。サファイヤが埋め込まれたピアスが、面談室の薄暗い蛍光灯を反射していた。
「今日学校を休んでいた子は、ちゃんと把握してるかしら?」
「えっと……」
 これは教育実習ではもちろん、社会に出てからも大切なことのはずだ。私は目をつむって記憶の中から今朝の出席簿を思い出した。
 ――顔の分からない、名前だけの生徒。
「上原……上原 千佳子さん?」
「そう! よく覚えてたわね!」
 千住先生は顔を正面に戻し、瞳を大きくしながら喜んでいるようだった。教師にとって、教育実習生というのは、歳が近い自分の教え子のようなものなのだろう。
「彼女が、佳織さんの件と関係あるのですか?」
「うーん……大アリ、とはまだ言えないんだけどね……。彼女――上原さんは去年インフルエンザに掛かった時を除けば、今まで一度も休んだことがないのよ」
「連絡とかは来てないんですか?」
 ええ、と頷いて、千住先生はソファの背もたれに寄りかかり、ため息をついた。併せて動いた手つきを見て、多分先生は喫煙者だということが分かった。
「まぁ、そこらへんは担任である私がなんとかするから。実習生の河井さんは、金八先生みたいな説教授業なんてしようとか考えなくていいから、教師とはどんな仕事なのかをしっかり体験してってちょうだい。大山くんのこととかは、あくまで余裕があったらでいいからね」
「はい、分かりました」
 今日はこんなもんね、と言うと、千住先生はさっさと切り上げて職員室に向かっていってしまった。

「良いねぇ。青春だねぇ。ボクも教職ちゃんと取ってればよかったなぁ」
作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと