被虐的サディスティック
3
「ずっと、家に帰ってないのか?」
落ち着きを取り戻した希良は、壁に寄りかかりながら腰を下ろした。
「夜には帰ってるわ。お父さんは私が真面目に学校に行ってると思ってるみたいだし」
千佳子は彼の視線の先に置かれた、比較的綺麗なデスクの上に腰を下ろして、浮いた足をぷらぷらと揺らした。
「学校に行かないで、ここにずっといるのか」
「あなたと一緒にしないで。こんな汚いところに朝からいたら、埃で肺炎になってしまうわ」
「だったら――」
「男の家に上がり込んだりなんかもしてない。私はそもそもそういうこと大嫌いだし」
ばっさりと彼女は言い切った。希良は彼女に目は合わせず、タバコの灰で汚れた床を見詰める。
「キラ、もしかしてあなた、女の子はみんなそういう風に尻軽だとか思ってるんでしょ」
「そんなわけないだろ。そんなヤツがいたとしても、馬鹿な女だけだ」
「ばかなのはあなたよ。女の子がセックスをしたがる理由も知らないほど、あなたはウブなのね」
希良は眉間に皺を寄せて彼女を睨みつけたが、すぐに先ほどのことを思い出し、視線を戻して下を向いた。
「男の子は、相手が女の子だったら誰でも良いんでしょう?」
「んなことねぇよ。不細工な女の裸なんて見たくねぇし、顔が良くても汚ねぇ身体をしてたらこっちから願い下げだ」
「女の子の生身の裸なんて見たことないのに、よくそんなことが言えるのね」
希良は再び顔を上げると同時に、すっと立ち上がった。
「見たことぐらいあるよ! ちゅ、中学のプールの着替えの時とか!」
「プールの授業が始まる前、女子が更衣室で着替えてるところを覗く――その男子を羨ましがりながら後ろから見ていた、とか」
希良は口を開いたまま、再び視線を彼女から外して腰を下ろした。彼女は必死に笑いを堪えている姿を、わざと演じた。
「吐くならもっとカッコイイ嘘を吐けばいいのに。ホントだったとしても、童貞なのがバレバレだけどね」
「童貞じゃねえよ。お前だって処女の癖に」
「あら? 私がいつあなたに処女だって言ったの?」
希良は僅かにぴくりと身体が揺れる。
「……そっか。あの時も、『自分のことだけを想ってくれてる』なんて思ってたのね」
とんだばかね、と彼女は言い捨てると、ワイシャツのボタンに手を伸ばした。
作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと