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被虐的サディスティック

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第三章「金鬼」



 1
 
 ――くだらない。
 希良は足の一本外れたデスクを、思い切り蹴飛ばした。激しい音ともにデスクは壁に当たった。
 ――どうして教師は皆、ああいう「大人」を気取るんだ。
 佳織を殴って千住に面談室に呼び出された希良は、「男の子は女の子に暴力をふるってはいけない」などといった当たり前の説教を垂らされ、挙げ句の果てに佳織に向かって頭を下げる屈辱まで受けさせられたのだ。こんなことをして一件落着とでも思っているのだろうか? 小学生だって、こんなことなど茶番だと思うだろう。
 教室に戻る佳織と千住を余所に、希良はそのまま学校を飛び出し、いつもの廃ビルへ足を延ばした。放課後に来る時とは違い、日差しがしっかりと室内を照らし出す。
 希良は鞄を開き、カードゲームのデッキケースを手に持つと、中に隠してある箱を取り出し、ライターでタバコに火を付けた。
 いつもは既に太陽が西側へと回ってしまっているため、窓のない西側から光は入らず、室内はひっそりとした暗さをもっている。しかし、今日はまだ東に太陽が位置しているため、ベランダや他の窓からたくさん光が入ってくる。汚れた床面や錆び付いた椅子がはっきりと映し出されていた。
 ――いっそのこと、もうここに居座り続けようか。
 学校に通う意味などない。むしろストレスが溜まるだけだ。中学の時は文句を付けながらも、友人がいるから学校にはきちんと通っていた。だけれど、高校に入ってからはそんな関係ももたなくなった。
 男も女も面倒くさい。そんなくだらないことを気にしながら毎日を過ごすのなら、いっそ孤独の方が心地よい――。希良はそう考えるようになってから、学校がひどくつまらなくなった。
 不味く感じるタバコの味が、肺に染みこむ。嫌なことが理由で強く求めているときほど、タバコというものはとたんに不味くなる。それが分かっていても尚、吸いたくなるのが、ガムやコーヒーとは違うところだ。
 重いため息と共に白い息を吐く。濁った煙が、ベランダから差し込む光にすぐに消されていく。
 すると、
「ばかね」
 女の声が、どこかから聞こえた。急に人の声が耳に入り、希良は慌てて手元からタバコを落としてしまった。すぐに拾おうとするが、どうせ美味く感じられないのだから、と重い、諦めて靴で踏みつぶした。
 きょろきょろと顔を動かす。気配は感じられるが、しっかりと特定できない。
「やっぱりばかよ」
「誰だ」
 希良は目蓋を瞑り、落ち着いた声で尋ねた。
 すると、背後のベランダからひょいと立ち上がって女子生徒が現れた。希良と同じ、森が丘高校の制服だった。
「……そこにいたのか」
「あなたが来るちょっと前からね。こんなに日が射してるのに、気付かないなんて」
「苛ついてたからな」
「子供なのね」
「お前もな」
 希良は彼女から視線を外すと再びタバコを取り出し、口に銜えて火を付けた。
「タバコの味が分からない癖に、どうしてまた吸うの?」
「味を楽しむためにタバコを吸うんだったら、俺はタバコじゃなくてキャンディーでも舐めてるよ」
「ばかみたい」
 少女はそう言うと、ベランダのがらくたの上からぴょんと飛び降り、ガラスの抜けた窓のサッシに背中を寄せた。
「……学校にも来ないでこんなところにきてるのか」
「あなたも同じじゃない」
 少女はすぐに返事をした。表情を変えずに、希良を見つめる。
「今日、佳織を殴った」
「知ってる。本人から聞いた」
 希良は一瞬気の抜けた表情で彼女の顔を覗いた後、すぐに視線を元の位置に戻して息を吐いた。
「今の時代、小学生だってケータイ持ってるんだから、そんな情報くらいすぐに入ってくるわよ」
「それであいつも、一日中ケータイいじくってるのか」
 少女は答えなかった。
「佳織は前からあなたのことを嫌っていたわ」
「俺もあいつは大嫌いだ」
「どうしてだか分かる?」
「興味ないな」
「自分と考え方が似ているから、だそうよ」
 希良は視線だけを彼女に向け、タバコの灰を床に落とした。
「あなた、本当は誰かに甘えたいんでしょ」
「お前、いい加減にしろよ」
「女の子の柔らかい肌に触れていたいんでしょ?」
 チッと舌打ちし、希良は彼女に身体を向けた。
「また殴るの? 女の子を」
「うるせーよ。おんなおんなって言ってりゃ何でも許されるとでも思ってんのか」
「本当は怖いのに。すごく頑張ってかっこよく見せようと努力してる」
 希良は彼女に近付くと、胸ぐらを左手で掴み、身体をぐいと引き寄せた。彼女はそれでも表情を変えずに話し掛ける。
「やっぱり変わってない。手の震えが伝わってくるもん」
 彼女は僅かに微笑んだ。まるで希良を見下しているかのように。振り上げた右手の拳を、希良はゆっくりと下ろした。左手の力も緩め、肩の関節が抜けたように希良は床に膝をついて項垂れた。
「……よく、彼女には拳をぶつけられたね」
 彼女は希良の頭を、母のように優しく撫でた。
「……君があの場にいなかったから、だよ」
 希良は震える声で呟くように言った。口から落ちたタバコの煙が、すする鼻の中に入ってきた。
「ばかね」
 髪の毛を絡ませた指先をそのまま下へのばし、千佳子は彼の首もとにそっと触れた。

作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと