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被虐的サディスティック

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「もしも千佳子さんとの問題が、佳織さんが千佳子さんを殴ったのが原因、つまりその瞬間を誰かが見て、それが噂としてクラス中に流れてしまっていたとしたら、殴られた佳織さんを見たクラスメイトはどう思う?」
「……佳織ちゃんなら殴り返すだろう、とか……?」
「まぁ、相手が男子だからね。殴り返しても力の差は彼女が相当怪力でもなければ最初から分かっていることだし、そんなことをして相手をさらに興奮させる方が被害を大きくさせてしまうだろう。そうではなくて、殴られた彼女を見たときの、クラスメイトの反応だよ」
「……!」
 どちらかと言えば、みんな佳織ちゃんの味方をしている。女子は佳織ちゃんを支え、男子は希良君を押さえつけていたのだ。例え佳織ちゃんがいじめを受けていなくても、クラスメイトは同じ対応をしていたかもしれない。だけど、仲間はずれにされているにもかかわらず、クラスメイトは佳織ちゃんのことを庇ったのだ。
「えっと、そうなると……佳織ちゃんはどうして仲間外れにされてるんでしょうか?」
「クラスメイトは集団だし、男女の違いもあるから様々な理由があるんだろうけれど、ただ一つ言えることは、クラスメイトは彼女のことを嫌っているから仲間外れをしているわけではないね。むしろ何者かの命令や威圧のようなもので、仲間はずれにすることを強制させられているかもしれない」
「どうして、そんなことを……?」
「さぁ、そこまでは分からない。ただ、クラスにそういう空気が生まれてしまった以上、佳織さんが元の立ち位置に戻るのはなかなか難しいと思うよ」
「そうなんですか……」
 私は自分の中で、佳織ちゃんを助けてあげたいのか、恨んでいるのか、よく分からなくなってしまった。
「登校拒否をしている千佳子さんが、自分のことを被害者だと強く思っているのなら、佳織さんから受けた被害を多少大げさに言ったりして、それに共感した友人達に仲間はずれをさせるようなことは出来るかもしれないけどね。でもそんな間接的な反撃をするくらいなら、そもそも登校拒否をする意味がないはずだ。現に佳織さんは仲間はずれという被害を受けているのだから」
「あの……クラスメイトがそんな風に暗黙の了解のように、佳織ちゃんを仲間外れにするのって、心理学の分野で、分析とか出来ないんでしょうか?」
 馨先輩は一呼吸置いてから、コーヒーを再び口に運んだ。
「ある程度は説明出来るね。一例として、クラスの一人だけ、佳織さんがどうして仲間外れにされているかを知らなかったとしよう。他のクラスメイトは全員知っている――とその一人の生徒は思い込んでいる。そのような状況で、その生徒は佳織さんに話し掛けにいくだろうか?」
「それは……よっぽどのことがない限り、わざわざそんなことはしませんね」
「だろう? それは一応心理学の法則に当てはめることは出来る。1足す1という足し算の答えが2だと明らかに分かっているのに、自分以外のクラスメイト全員が1と答えて、自分も思わず1と答えてしまうのと同じだ。だけど、専攻していて言うのもなんだけれど、心理学というものは、あくまで統計による結果論であって、全然当てにならないものだよ」
「そうなんですか?」
「うん。分野にも寄るんだろうけど、心理学で実証出来る事柄は、大抵六割から七割ぐらいの水準と言われている。つまり三人に一人は当てはまらないってことになる」
 確かにそう言われると、かなり確率が低いように思える。
「でも、そんな中でもかなり確率の高い法則なんてものも、あるんじゃないんですか?」
 馨先輩は、思わずため息をついた。
「心理学っていう分野はねぇ、日本人は何故か過大評価している人が多いようだけど、数学や科学と違って確実なものは存在しないんだ」
「確実とは言わなくても、何か、信憑性のある法則と言うか……」
「うーん、論より証拠。じゃあ今から三つ質問をしてみるから、答えてみて」
 馨先輩は私の言葉を遮ると、いきなりそんなことを言い出した。
「それらの質問に『はい』か『いいえ』で答えてね」
「はい」
「うん、よろしい。ではまず一問目。――あなたは、女性ですか?」
 もちろん、私は「はい」と答えた。
 では、二問目です、と馨先輩は言いながら立ち上がり、見下ろすような視点で質問をした。
「あなたは、本当に女性ですか?」
「はい……」
 馨先輩の視線が少し怖くて、さっきよりも自信のない声で答えてしまった。
「では、最後の質問です」
 馨先輩はゆっくりとした動作で再びソファに腰掛け、俯いた顔を上げると同時に目を見開き、
「あなたは、女性なんですよね?」
 真剣な眼差しで馨先輩は同じ質問をした。
「……はい」
 答えはもちろん変わらない。だけど、私は答えるまでほんの僅かに時間が掛かった。躊躇したというよりは、当たり前のことに、何故か疑問を感じたのだ。
「うん、きっと最後の質問の時に、美紀さんの中で一瞬だけゲシュタルト崩壊が起こったね」
「げ、げしゅたると……?」
「そう。これは有名な用語だと思うけど、要は当たり前のことや纏まったものがふとしたきっかけで、分からなくなったり、単体として見えてしまうような現象だ。同じ文字だけを書き続けていると、急に上手く書けなくなってしまったりするのが良い例だ」
「これに、何の意味があるんですか……?」
「君はきちんと質問には答えられたけれど、実際には最後の問題の時に迷いが一瞬だけあったはずだ。そこで『はい』と答えるか『いいえ』と答えるかで、結果は変わるだろう。それにこの質問に正解不正解はない。君が三つの質問全てにいいえと答えても、君が身体が女性でも自分としては男性なんだと思っているのかもしれないし、ただ単に質問に対して、反対の答えを言いたいだけなのかもしれない。もしくは僕のことを馬鹿にするために逆の答えをするのかもしれない。つまり――こんな当たり前の子供でも答えられる質問でも、確実な法則というものはないんだ。だから、いくら心理学を学んでも、この質問の結果を完璧に予測することは不可能だし、ゲシュタルト崩壊に関しても、あくまで確率が高い、というだけで、そんなこと考えずに三つとも即答する人もいるしね。もしくはゲシュタルト崩壊とはまた別な法則の影響で違う答えをする可能性だってある」
 なるほど……、と、私が馨先輩の意見を聞いていると、背中側の壁から、ドタンと、何かが大きく動く音が聞こえた。私が振り返ると同時に、今度はマコちゃんが入っていった扉が豪快に音を立てて開けられ、
「何をまた馬鹿なことを言っているのだモリカオ! ゲシュタルト崩壊なんて、ナチスドイツの陰謀だ! 俺は認めないぞ!」
 馨先輩と同じように白衣を着た男性が、長い髪を揺らしながら飛び出して来た。
「ああああああああ……等と書き続けてゲシュタルトが崩壊する? 馬鹿だ! そんなものをゲシュタルト崩壊とは呼ばない! それは単なるひらめきだ! あたかも自分が『あ』という文字の神秘に気付けた等という妄想に浸っているだけなのだ!」
作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと