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被虐的サディスティック

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 だけど――私が高校二年の時、再び大きな事件が起きた。
 その事件をきっかけに、私は彼との関係を一度断った。
 別に彼のことを嫌いになったりとか、そういった理由ではなく、自分なんかが馨先輩のパートーナーにはふさわしくないと思ってしまったのだ。
 もちろん離れたくて離れたわけではなかった。むしろ、私なんかにそんなことを馨先輩に宣告する権利はなかった。だけれど、中途半端な関係のままでいることがはたして良いのか悪いのか、分からなくなってしまったのだ。
 馨先輩に直接聞けば、その答えはすぐに分かっただろう。だけどそれを聞けたら私はそんな行動はしなかった。
 ――ただ、怖かったのだ。
 馨先輩と離れることよりも、彼にとっての私の存在理由を聞くことの方が。
 それから月日が経ち、私は今の大学に進学した。新しい出会いを見つけられるほど大学では知り合いがいなかったし、結局そこで良い人と出会えたとしても、馨先輩との関係を誤魔化したいだけの、薄汚れた関係になってしまいそうだったので、恋人は作ろうと思わなかった。バイト先の先輩達に恵まれていたのが、唯一の救いだった。
 そんな馨先輩に、どうしてまた会いに来たのかというと。
『かおりんは、みっきぃに会いたがってたよ』
 初めてこの大学に私が来たとき、マコちゃんがそう言ったのだ。
 そもそも未練があったからこの大学に来てしまったのであって、私はそれを聞いて自分の気持ちに正直になることが出来、堂々と馨先輩に会いに行ったのであった。
 二年振りに再会した馨先輩は、元から大人びていた風貌がさらに増し、その時の私は思わず「やはり会って良かった」と思えた。
 馨先輩は最初は気を遣っているような、ぎこちない話し方をしていたが(私も同じようなしゃべり方をしていたのだろうが)、季節が変わる頃を目安に会いに行く度に二人の距離は再び縮まっていき、去年の終わり頃には高校時代と変わらず普通に話せるようになった。
 それでも未だに彼を「恋人」とは、胸を張って呼べなかった。
 あくまで「先輩」なのである。皮肉を込めているのではなく、彼を人生の先輩として慕っているのだ。
 尊敬はしているし、好意を抱いているのは間違いない。それだけは自信を持って言える。だけれども、それを未だに馨先輩に伝えることが出来ない。彼はそう思ってくれていないのかもしれないし、もしかしたら既に別な女性と関係を結んでいるのかもしれない。そう言った不安があるから、今のような関係を保っているのだ。
 ――結局、中途半端な関係であることに変わりはないのか。
 今年になって一度も来ていなかったのは、単純に就活等で忙しくなっただけである。
 久しぶりに会う馨先輩は、どういう理由かは知らないが、何故か纏っている白衣が似合っていて、先輩と言うより博士のようだった。

「美紀君……久しぶりだね。大学の方はどうだい?」
 一度大きく見開いた瞳を閉じると同時に、馨先輩は片手を伸ばして珈琲を啜った。
「順調です。今は教育実習の最中でして、今日は母校の帰りにこちらへ寄らせて頂きました」
「それはわざわざご苦労だね。もう少しで作業が一旦終わるから、それまでそこのソファで待っててくれないかな? 中谷さん、テーブルの資料をこっちに持ってきてもらえると助かります」
「はいはい〜、みっきぃ、ちょっと待っててねぇ〜」
 マコちゃんは奥の扉に入ると、一度両手に抱えていた資料を中に置いてきてから、空いた両手で、テーブルの上に積み上がっていた資料を、馨先輩の座っている机の横にドサリと置いた。呆然と見ていただけだったのが、なんだか申し訳なくなってしまった。
 私は深く沈むソファに腰掛け、両手を膝の上に乗せた。すると、マコちゃんがすぐに紅茶を用意してくれた。奥の部屋に入った時に用意してくれたのだろう。私は自分の図々しさに思わず赤面した。
「さて……。半年振りにわざわざこっちに訪れてくるのだろうから、さてはその実習先で何か問題でも起きているのかな?」
 馨先輩は白衣の裾を翻しながらパーテーションの裏から現れ、向かいのソファに足を広げて腰を下ろした。マコちゃんは再び奥の部屋に入っていってしまった。気を遣って二人きりにしてくれたのだろう。
「さすが先輩、よく分かりますね」
「時期から考えた、あくまで推測だよ。心理学を使ったわけでもなければ、僕はそこまでの洞察力を持っていないからね」
 相変わらずの馨先輩特有の口調に、長年の疲れからやっと解放されたように安心した。
「それで……、馨先輩の言うとおり、教育実習先でちょっと問題というか、悩みがありまして……。実習自体は問題なく上手くこなせていると思うんですが、クラスメイトの間で問題が起きているんです」
「いじめとか、ケンカかな?」
「はい、その通りです。一人の生徒は私が実習を始めた九月の初めから登校拒否をしていて、もう一人の子も同じ九月になってから、クラスの誰にも相手をされてない、所謂仲間はずれにされているんです」
「なるほどね。とりあえず問題はともかく、美紀君が自分で思っている通り、実習が上手く行えている証拠でもあるかもね」
「……なじんでいるからこそ、状況が変わらない、という意味ですか?」
「まぁ、そうとも言えるね」
 馨先輩は、マコちゃんの用意してくれていたコーヒーにミルクを注いだ。
「それで、私は仲間はずれにされている子――佳織ちゃんって言うんですけど、その子とは二人で話すことが出来たんですね。でも、彼女はいじめや仲間はずれをされているって自覚はないらしく、その理由も教師は信頼していないみたいで答えてくれませんでした。いじめを受けているから気の弱いような子と思っていたんですけど、実際に話すと気が強いというか、プライドの高い子で、どちらかと言うといじめをする側のような子だと思いました」
「いじめをする側に回るか、受ける側に回るかどうかはそういう個人の性格よりも、環境やクラスの雰囲気と言ったものがほとんどだと思うよ。むしろ、それらの影響で性格なんてものは容易に変わってしまうものさ」
「そう……でしょうか?」
「根本的な考え方や癖などと言ったものは簡単に変わらないだろうけどね。集団からいじめを受ければ必然的に気は弱くなってしまうだろうし、そのいじめに自ら打ち勝てば、逆に自分に自信が持てるようになるかもしれない。性格っていうものは常に変わっていくものなんだよ。人との出会いや別れ、環境の変化はもちろん、友人の意見を聞いたり、小説やドラマに感動するだけでも変わるものさ。僕の今の意見にちょっとでも共感出来たのなら、既に君の性格は、今この瞬間変わったことになる」
 私は馨先輩の意見に感心してしまい、思わずはぁ、と感嘆のため息を漏らしてしまった。
「それで――もう一人の登校拒否をしている子と話したことはないのかい?」
「そうですね。話したことは愚か、顔さえも未だに分からないままです」
「ふむ……。じゃあ、分かるのは、その佳織さんって子の情報だけか……」
「ただ、彼女が仲間外れにされている理由に、どうやら登校拒否をしている子、千佳子ちゃんが関わっているようなことを担任の先生が言っていましたし、私と話した時にも佳織ちゃんが漏らしていました」
作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと