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被虐的サディスティック

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「俺、これでも昨日はちゃんと教室掃除したんだよ。なのに、今日から体育教官室の掃除にさせられた。お前がチクったのか?」
「ち、違う! あたしじゃない!」
「……だったら、やっぱりあいつか」
 希良は腰を下ろし、由希とは逆の方へ顔を向けた。
 希良は、胃を掻きむしりたいくらい苛ついた。不機嫌、というよりやる気がないのは、彼にとっては日常茶飯事だったが、感情的になること、何かに対して強い不満があるのは久しぶりだった。
 ――中学以来だな。こんなに腹が立つのは。
 さすがの由希も彼の態度で察したのか、恐る恐るチラチラ視線を送るだけで、いつものように口うるさく希良に話し掛けようとしてこない。付き合いの長い彼女には、何に対して苛立っているのかもある程度把握出来たのだろう。
 希良は鋭く射るような視線で、ケータイを充電器に繋いだままひたすら操作し続ける佳織を横目で睨みつけていた。
「おい、由希」
「な、なに……?」
 希良は背を向けたまま由希を呼ぶ。
「お前は、今の佳織の状況をどう思う?」
「佳織ちゃん? うーんと……かわいそう、だと思う……」
「そうか」
 由希がそう答えることを分かっていたかのように希良はそっけなく答え、彼にしては珍しくすっくと席を立ち上がった。
 早足で教室の窓際へと、視線を一切ずらさずに進む。そして彼は、どっしりとした構えで席に座っている佳織の横に立った。由希やクラスの生徒の何人かが不信と不安の表情でその様子を遠くから見つめる。
 視界が少し薄暗くなったというような様子で、佳織はケータイから視線を外し、仁王立ちしている希良を見上げた。
「馬鹿で悪かったな。カマトト野郎がよ」
 佳織は何も答えず、唇を窄めて首を傾げた。
「とぼけるな。そりゃあ誰も相手にしないわけだわ。お前の性格じゃ」
「何を言ってるの……? やめてよ……」
 彼女は眉毛をこれでもかとハの字に曲げ、声を震わせて怯えている素振りを見せる。
「気持ち悪いんだよ。演技をするのもいい加減にしろ」
「怖い、怖いよ……」
「てめぇっ! とぼけるなっつってんだろ!」
「やめて! 希良っ……!」
 由希が席を立ったと同時に、強い打撃音が教室にこだました。煙を一息で吹き消すように室内が静まりかえった。クラスの中にいる生徒全員が、希良の背中に視線を送った。希良は握った右手の拳を宙に浮かべたまま静止していた。
 佳織は、打たれた右頬を自分の手で押さえたまま、床に座り込んで項垂れていた。サイドの髪で顔が隠れているため、表情が読めない。
「おい、大山! 何やってんだ!」
 クラスの男子三人が希良の身体を押さえて、佳織から距離を取った。女子の何人かは戸惑いながらも床に座り込んだ佳織の傍により、背中をそっと撫でたり、「大丈夫? 保健室に行く?」と聞いている。
 朝から騒然とした教室に、ちょうど千住と河井が入ってきた。もちろん二人とも、状況が掴めていないようで、きょろきょろと生徒一人一人の顔を見渡している。生徒の何人かが、ほとんどパニック状態で二人に駆け寄り事情を説明してきた。
 ――希良君が佳織ちゃんを殴った。
 一言で分かることを、生徒達は何度も繰り返したり、聞いたわけでもないのにどっちが悪いだのという話まで報告しようとしている。
 両腕を男子生徒に押さえられたままの希良は、まるで泥棒のように千住と河井の前に連れ出された。
「希良君……」
「山崎君、乃木坂さんも連れてきて。二人からちゃんとした事情を聞きましょう」
「はいっ!」
 千住にそう言われた山崎は駆け足で窓際に固まる佳織とその取り巻きの女子に声を掛け、ぐったりとした佳織をなんとか立たせ、両腕を肩に掛けられて千住の前まで来た。
「先に保健室に行った方がいいわね。大山くんは私の後についてきなさい。乃木坂さんも、一人で歩けるようならついてきてちょうだい。他の子達は自分の席に戻って大丈夫よ。河井さんは残るから」
「はいっ」
 希良と佳織にくっついていた生徒達はばらばらと席に戻っていき、希良は千住と共に廊下を進んでいった。顔は下を向けたままだったが、佳織も千住の早足にしっかりとついていった。
 ――これで、ヤツの化けの皮がはがれたはずだ。
 希良は俯きながら胸の内でガッツポーズをした。
 
 佳織は口元に僅かに笑みを浮かべた。
 
作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと