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被虐的サディスティック

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「あなたの言うとおり、確かに私は所詮実習生よ、生徒でなければ先生でもない。中途半端で邪魔な存在よ。だけど、いじめを受けている生徒や仲間はずれにされている生徒を放っておけない気持ちは、そんなの関係ない。その被害者である生徒を守ってあげたい、状況を一緒に変えてあげたいって気持ちだって、実習中の私にも権利があるはず」
 彼女は足を止め、振り返った状態で私を冷ややかに見つめている。
「だから私はあなたをここへ誘った。別にあなたがかわいそうだとか、惨めだとかそんなことは思ってない。――許せないのよ。あなたじゃなくて、同じ教室で生活しているのに、同じクラスメイトなのに……いじめをする生徒が。それを見て見ぬフリをする生徒が」
 私の声は不覚にも震えていた。涙が目尻から零れるのを、必死に堪えた。
 彼女は鞄を肩から下ろし、中からケータイを取り出した。
「じゃあ、そんな河井先生に聞くわ。――あなたにとって、クラスとは何? いじめとは何?」
 私は荒くなっていた息を整えてから答えた。
「クラスは世間。いじめは――意味のないこと」
 ククク、と彼女は私の前で初めて笑ってみせた。しかしそれは私の発言を嘲笑しているようだった。
「私は真逆よ。クラスが意味のない空間。いじめが世間の実態。やっぱりあなたは見当違いだったわ。さよなら」
「だったら――どうして逃げるの!」
 私は扉に手を掛けた佳織ちゃんに向かって叫ぶように言った。さすがの佳織ちゃんも、私の大声に怯み、ぎょっと再び振り返った。
「どうして世間から逃げるの? 逃げて、逃げ続けてどうするって言うの? あなたはその先が見えてるの? 行き止まりがどこにあって、近道がどこにあるか分かっているの? 立ち止まっている暇はないのよ。いつかは自分の力で動かなきゃいけない。たとえそれがどんなに困難な道のりであっても、最終的には一人で進んで行かなくてはならないのよ!」
「だったら、センセイはそんな過酷な道を――」
「通ったわよ!」
 彼女の呆れるような言葉を遮って、私は続けた。彼女はびくりと肩を震わせた。
「私は中学二年の時、ある大きな事件に巻き込まれて、人の死の大きさ、辛さを思い知った。それでも負けずに私は自ら進み、勉強はもちろん頑張ったし、生徒会長にもなった。それまでは目立たない一人の生徒だったけど、根性で生徒達の代表になったの。それだけじゃないわ。高校でだって、生徒会長になったの。――この高校でね。今でも、生徒会室の歴代の生徒会長の名簿欄に、私の名前が載っているはずだわ。そして、当初は進学出来ないと思ってた大学にも、生徒会長という証と自分自身の力で入学したのよ! 私はあなたみたいに何かを待っているんじゃない。自ら動いたの。周りが動かないからこそ、自分自身が動くしかないのよ!」
 力説する私を、彼女は相変わらず軽蔑するような視線で見つめる。
「簡単な半生の自慢話、ありがとう。――そうね、あなたがそんな風に今はめずらしい熱血漢なのは、生徒会にいたからなのね」
 私は大きく頷いた。
「……馬っ鹿みたい。結局あなたは偶々運が良かっただけで、何もしてないじゃない」
「た、偶々って……!」
 彼女はドアノブから手を離し、背を扉に当てて腕を組んで話を続けた。
「どれくらいの規模の事件に巻き込まれたのかは知らないけどさ、それは関係ないじゃない。生徒会に入ろうって思ったのはそのときの気分とかじゃないの? それに生徒会長になれたことを誇りに思っているようだけど、全校生徒の投票で偶々あなたが選ばれたんでしょう? あんな投票なんか、優等生でもない限りテキトーに決まってるじゃない。鉛筆で転がした番号の生徒、名前が書きやすかった生徒、なんとなく顔を覚えていた生徒。顔が好みだった生徒……。所詮、生徒の代表なのよ。生徒会長なんて、くずみたいな生徒達に選ばれた、くずの固まりのようなものよ」
「違うわ! 確かにきちんと選んで投票した人だけじゃないかもしれない。僅差で私が僅かに勝っていただけかもしれない。だけど私は生徒達を信じた! そんなテキトーに物事を考えている生徒達とも共に、学校を良い方向に変えたいから一生懸命演説や活動を行った! 運ももちろん大きいかもしれないけれど、ちゃんと実力でも勝負に出たのよ!」
「ふん。ずいぶんと自分に自信がある言い方ね。まるで私には運も実力もないような言い方」
「だってそうじゃない。あなたが何もしないから、クラスメイトはあなたを見て見ぬフリをするんでしょ? それでもあなたは一日ケータイを弄ってるだけじゃない!」
 私はもうここが実習先の高校だと言うことも、相手が年下の生徒であることも忘れて声を荒げていた。
「そんな風に逃げて文句ばかり言ってるから、誰も助けてくれないのよ! 知らないフリをしてその場を過ごそうとするから! それが間違いなのよ! いくら逃げたってそこに出口はない。そんなことを繰り返してたら、一生逃げ続けるしかなくなるのよ!」
「違う違う違う! あたしは逃げてない! 一度たりとも逃げたことなんてないわ! そもそもこうなったのは、千佳子があたしを――」
 両手を握りしめ、ムキになった彼女の口から、千佳子ちゃんの名前が挙がった。しかし、ついうっかり口に出してしまったかのように彼女の言葉はそこで止まり、逃げ去るようにすぐさま面談室を飛び出して行ってしまった。
「千佳子ちゃんが……? やっぱり関係あるの……?」
 一人取り残された面談室で、私は喉から流れ出るように言った。背後の窓から、運動部の生徒に向かって体育教師の怒鳴る声が、風に乗って流れてきた。
 ――佳織ちゃんは、恐らく自分が仲間外れにされている理由を知っている。
 私は思考をフルに回転させながら、面談室を後にした。

作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと