被虐的サディスティック
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教育実習を始めてから早くも一週間が経った。
私は戸惑いながらも授業、ホームルーム、その他事務作業などもなんとかこなしていき、クラスメイトたちとも少しずつ親しくなってきた。順調に進んでいるため、放課後の千住先生との面談も、ほとんど廊下の立ち話で済んでしまうくらいだ。この調子なら、問題なく実習を終えられ、無事に単位も取得出来るだろう。
だけど、何点か放っておけない問題があるのも事実だった。
まず初めに、佳織ちゃんのいじめ問題。
彼女は一週間経った今でも誰にも話し掛けられず、誰にも話そうとせず、朝から帰りのホームルームまで、自分の席に座ったままだ。お昼休みにお手洗いに行く程度で、あとは本当に椅子と一体化しているかのように席から動かない。授業中以外は、席の近くにあるコンセントに充電器を繋いだまま、ひたすらケータイをいじっているのだ。
――さすがにこれは実習生とは言っても、気になって当たり前だ。
入学当初から、もしくは学年が上がってクラスが変わってからこのような事態になっていたのだったら、私が手を出すのは大きなお世話だ。しかし、実際にこうなったのは、私が教育実習としてこの高校に来た日からなのだ。
いや、実際のいじめは夏休みから既に始まっていたのかもしれない。それでも合宿や何かイベントでもない限り、クラス全員が夏休み中に全員集まるとはまず考えられない。
そう考えると、明らかにこれはおかしなことなのだ。女子はもちろん、男子ですら彼女には話し掛けるそぶりを見せないのだ。
私は仲良くなった生徒達に何度か彼女のことを聞こうとした。だけど結局未だに聞いておらず、それは生徒達から彼女の話を切り出すのを待っているからだ。ここまであからさまに仲間はずれにしているわけだから、話題にかならず上がってもおかしくはない。
――しかし。
そんな話は佳織ちゃんのかの字、一言も口に出されないのだった。
わざと避けている――、というのもあるのだろうが、関係者である女子は彼女が見えていないかのように、関係が薄そうな男子は、目には入っているが、出来る限り関わりたくない、といった具合だ。
――これはあまりにも、ひどすぎる。
一週間とはいえ、様子見だけしかしない千住先生も千住先生である。自然に元通りになるとは思えない問題だし、被害者である佳織ちゃんは、毎日毎日心に傷を入れられるのだ。同じ傷口を、刃物で何度もなぞるように。
そんな思いを彼女がしているくらいなら、私が身を張って状況を変えるべきなのだ。南先輩も言っていたように、実習生は部外者だ。担任でもなければ、クラスメイトでもない。だったら、クラスの間に流れる、「佳織ちゃんを仲間外れにする」という冷酷な暗黙のルールを打開しても構わないのだ。
だけど。
問題はそれだけではないのだ。
それが、千佳子ちゃんの登校拒否、である。
彼女もまた、学校が始まった九月の初めから、一度も学校に姿を現さない。私は彼女の顔も知らない。先生が言うにはおとなしいというよりは、どこか冷めている子、と言っていたが、あくまでイメージでしかない。私は現時点で彼女のことを想像するなら、そんな曖昧なイメージと、名前しか素材がないのだ。
何か学校に行きたくない、もしくは行けない理由があるから、登校拒否をしているのだろう。彼女はそれまでは休まずに授業もきちんと受けていたようだから、不良生徒というわけでもない。だったら、ますます急に起こった何らかの「悲劇」が原因によって、学校を休み続けるという方法を選んだのだ。
そう考えると、千佳子ちゃんも佳織ちゃんも、状況はどちらも同じだ。違いは学校に来ているかいないかの違いと、このような状況になった原因だけで、クラスメイトから一人だけ外されている状況なのは変わらない。
そしてそれと似たような立場にいる生徒は、もう一人いる。
それが三人目の問題児――大山希良君である。
彼は幼なじみの由希ちゃんとはそれなりに話してるようだが、他の女子や男子とは全然話をしない。むしろ男子生徒の多くは彼を生意気だ等と言ってひどく嫌っているようだった。
彼は佳織ちゃんや千佳子ちゃんと違って、このような状況を半ば意図的に作っているのだろう。面倒くさいやだるいなどといった理由で、出来る限り人と関わらないようにしているのかもしれない。
でも、私は感じるのだ。
彼もまた、常にSOSサインを出しているのだ。
それは私の単なる勘違いかもしれない。だけど、彼は人と関わないことを心の底から望んでいるわけではない。もちろん本望というわけでもないのだろうが。
彼は、変わることを望んでいるのだ。それは自分自身ではない。クラスが、みんな仲良く一つになることを。
だけど、それが自分一人では出来ないことと、そんなことをやろうとしている自分が恥ずかしいから、諦めてあのような態度を取っているのだ。
そんなだから、私は彼が問題児であると同時に、彼の力があれば、佳織ちゃんと千佳子ちゃんを救い出すことも可能かもしれないのだ。そういうことから、彼が授業中に教室を抜け出したりずっと眠っていたりしても、私は何も注意をせずに、何事もなく授業を続けている。注意しても彼のような生徒には効果がない、という理由もあるが、それよりも、彼はこの問題を打開することが出来るから、下手に嫌われないようにしているという理由の方が大きい。
もちろん、彼のような考えを持っている生徒は他にもいるだろう。希良君よりも真面目で、生徒想いな生徒が。
しかし、それでも私はこう思ってしまう。
――そんなことを思っているのなら、何故動こうとしない。どうして見て見ぬフリが出来るのか。
私のように、あせらずじっくり解決策を考えている人だっているのかもしれない。だとしても、実習生の私はまだこのクラスに入ってから一週間で既に行動を起こそうとしているのに対して、生徒達はこのクラスメイト達と知り合ってもう半年が経とうとしているのだ。名前や性格だって、気にしていなくても覚えていておかしくない。
――だったら。
一週間経っても動かない、というのはおかしなことなのだ。少しでも宣戦布告になるような行動を見せるならまだしも、そんなものをする気配がある生徒は、希良君を除いて一人もいないのだ。
では、希良君は何をしているのかというと。
彼も何か行動を起こしたり佳織ちゃんに話し掛けに言ったり等は一切していない。むしろ関わりたくない気持ちは他の生徒以上にあるだろう。
ただ、他の生徒と違うのは、「仲間はずれにされている佳織ちゃんに対して、苛立っている」ことだ。
いじめをしている首謀者に対してではなく、被害者である佳織ちゃんの無行動さに、むしゃくしゃしているのだ。
それはいずれピークが来たら良くない結果が訪れるかもしれない。だけど、その結果はその場では良くなくても、彼女の問題を打破するきっかけになり得るのだ。頂点に垂直に舞い上がり、絶妙なバランスを取って停止してしまったブランコに、ゴムボールを当てるように。
作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと