被虐的サディスティック
「きっとご主人は、少なくとも何度かは大当たりはしていると思うんです。手持ち金が何倍にも膨れあがるようなものを。それでも辞められないというのなら、きっとその膨らんだお金を持ち帰る、ということが出来ないのでしょう」
その場で結局全部使い切っちゃうのかい?
「あくまで予想でしかありませんが。そうなると――ご主人が打ちに行くときに、奥さんもついていくと良いかもしれません」
あたしがあのうるさくて空気の悪い中でずっとあの人の座ってる姿を横で見てろってことかい?
「別に横に立つ必要はありません。それに『ついて行きたい』なんてご主人に言ったらそれこそ嫌がるでしょう。だから、ご主人がよく行くお店を調べて、買い物の行き帰りでも犬の散歩のときでもいいから、父の姿を覗きに行くのですよ」
あぁ、なるほどね。店に直接押し掛けるってかい。先生もこう見えて、勇ましいところがあるのねぇ。
「いえいえ。それで父の様子を見て、負けているようならほっとくのです。むしろ、出来る限り本人にバレないように行った方がいいかもしれません。逆にドル箱を積むくらい勝っていたら、それは意地でも止めるべきです。例えケンカをするような状態になっても、店内の騒音でお互いの声はそこまで聞こえないでしょうし、仮に怒鳴り合っても、店から追い出されるでしょう。そうすれば、一応持ち金を増やした状態でご主人をパチンコ屋から連れて帰ることが出来ると思いますよ」
なるほどねぇ。負けてる人に「辞めろ」なんて言ったって、そんなことは向こうも思ってるでしょうしねぇ。
「ギャンブルをやっていると、人はだんだんと冷静さをなくしていくのです。とくに具体的な勝ち金や投資する額を明確に決めていない人は尚更そうです。パチンコ台の並び、機種、過去の成果、打ち方、リーチの数、運の波。果ては天候や日付の数字などといったことまでが当たるであろう理由になってしまうのです。そのような考えで、実際に勝てたとしたらどうなるでしょうか? 答えは簡単です。『今日は運が良いのだから、もっと勝てるだろう』と。一度に数十万と稼げたのならその時点ですぐに辞められる人も多くいるでしょう。ですが、そのように完全に依存している人は、圧倒的にその場の勝ち金よりも、今までの損害額の方が多いのです。そうなったら、勝ち続けて今までの分をチャラにしたい、という願望が浮かぶでしょう。それを繰り返していくことによって、せっかく勝った額は結局水の泡になって消えてしまうのです」
それをあたしが止めれば、興奮した主人が我に帰れる、ってことね。
「そういうことです。きっと連れて帰ってきたら、文句を言ってくると思います。『もっと勝てたかもしれないんだぞ』等と。ですが、それらはまともに反応しなくても大丈夫でしょう。代わりに何度も同じ行為を繰り返すのです。そうすれば、ご主人の中にある法則が生まれるのです」
勝ってう途中で妻に引き戻される、って考えるんだね。
「その通りです。そうなればせっかくの休日のストレス発散が台無しです。いずれはパチンコ屋にも出向かなくなるでしょう」
はぁ、やっぱり先生はすごいねぇ。あたし以上にウチの主人のこと分かってるわ。あたしは惚れ直したよ。二十年前なら、あたしも先生と並んで歩けるくらいべっぴんさんだったのにねぇ。今じゃ隣に立ったら「おばさんどいて」なんて言われちゃうわよ、あっはっは。
「あくまでこれは予想ですので、ここまで単純に上手くいくことではないと思いますし、時間は掛かると思います。それに成功したとしても、ご主人のストレス発散を邪魔することになるので、これからはなるべくいつもより気を遣って上げた方がいいでしょう。しばらくの辛抱です。これは奥さんのためでもあるのですから」
なるほどね、ありがとね。先生。それじゃ解決策も聞けたわけだし、あたしはここらで失礼しますよ。会計は下の階で払えばいいでしょう?
「はい、そうです」
分かったよ。もし上手くいかなかったら、また相談に来ると思うから、そのときはまたよろしくお願いね。まぁうまくいっても、先生の顔を見たくて来るかもしれないけどねぇ、うふふふ。
「どうぞどうぞ。いつでもいらしてください」
作品名:被虐的サディスティック 作家名:みこと