ブラックジャックの消息
Episode.2
次の日曜日、恵は達也に言われたように駅の改札口で待っていた。
「1時に待ってて。」
達也は言ったが、何故その時間なのかどこに行くのかも聞かされてなかった。
恵にとっても、男子と二人で出かけるのは初めてだった。
考え抜いた末、お気に入りのチェック柄のマキシ丈ワンピにデニムのジャケットを着てみた。
長い髪はポニーテールにしてみた。
精一杯のおしゃれだったが、やがて現れた達也のいでたちを見て恵はがっかりした。
彼はいつもどおりのTシャツにジーパンといういでたちだった。
「木下?見違えたな。誰かと思った。しかも背伸びた?」
達也は恵に近づくなり見上げるようにして言った。
小柄な達也は、恵の履いてきたヒールの高いサンダルのお陰で、恵とほぼ同じ身長になっている。
褒めて欲しいところはそこではないのに。
恵は少しムカついた。
「あんたが小さくなったんじゃない?」
「まさか。小さいのは生まれつきだよ」
達也は笑いながら言って、恵の手を取った。
突然の達也の手の感触に恵の鼓動が大きくなった。
「切符買ってある。行こう!」
達也は恵を引っ張りながら改札を通った。
ホームには赤い4両編成の電車が停車している。
昔の電車みたいに長い座席が通路をはさんで左右に向かい合うように並んでいる。
二人はまだ人の少ない4両目の車両に入って腰を下ろした。
まだ、達也は恵の手を握ったままだ。
恵はオズオズと口を開いた。
「・・・あの~。」
「え?」
「どこ行くのか聞いてないんだけど。」
「ああ、ごめん。海行こうと思って。」
「今から?」
「だって海って言ったら夕日でしょ?」
達也は自信に満ちた顔で答えた。
やがてホームにアナウンスが流れ、電車の扉が閉まった。
バスの方が早いのではないかというスピードで電車はのろのろと進んでいく。
ガタタン、ガタタンと規則的な音が座席から振動になって響く。
窓から吹き込む風が頬に当たって心地よい。
恵は移っていく景色を眺めた。
町の風景からだんだん田んぼの緑が広がっていく。
「悪いな、変なこと頼んじゃって。」
突然、達也がぼそっと言った。
「今まで付き合い長かったから。最後に話したかった。」
「・・・あたしも。黒田君がいていつも助かったよ。」
「木下いつもオレの前で寝てるんだからな。先生に怒られないかこっちが気になるってんだよ。」
「そんなに寝てないでしょ。」
不思議な感覚だった。
今までも一緒にいた筈なのに、私服の彼は初めて会う人みたいだった。
「なんかさ、死ぬのかなって思ったら最後に一回くらい人並みなことしておきたくなったんだよね。」
「・・・それがデート?」
恵は思わず吹き出した。
達也は赤面して抗議する。
「何だよ。こっちは切実なんだよ。女の子とデートしたこともなかったら、なんか天国で恥ずかしいかもしれないじゃないか。」
「恥ずかしいって誰に対してよ?」
「神様とかさ。心配すんじゃねえの?かわいそうに、非モテのまま死んじゃったのかって。」
「意味分かんないし。でも、秀才の黒田君も普通のこと考えるんだね。」
恵はケラケラ笑った。
いつも大人びて落ち着いていた達也に少年らしい欲求があったのは、意外だったし嬉しかった。
「オレはいつも普通だよ。学校行かないから皆誤解してるけど。」
赤面したままふて腐れた様に達也はぶつぶつ言った。
次は三河田原、三河田原・・・・
アナウンスが車両に響いた。
達也は照れ隠しに勢いよく立ち上がる。
「降りるよ。こっから更にバスに乗る。」
恵に向かって手を差し出す。
恵は嬉しくなってその手を取った。
「黒田君は亭主関白になりそうだねえ。」
「だって、デートは男がエスコートするんだろ?」
達也は首を傾げる。
ははあ、さてはなんかの受け売りだな。
勉強熱心な達也は女性誌でも読んで、デートマニュアルを実行しているに違いない。
ニヤニヤする恵を見て達也は戸惑った表情をする。
「・・・オレなんか変?」
「いや、別に。行こう!」
今度は恵が達也の手を引いて電車を降りた。
作品名:ブラックジャックの消息 作家名:雪猫