BBB(Beast between books)
「そう言う事だ、さてと、話ばっかしてても退屈だろう? そろそろ捕獲させてもらうぜ? 抵抗した場合は撃滅も許可されているから悪しからず、素直に出てきてくれりゃあ、俺もこれほど楽なことはないんだけど・・・どうやらお前の目を見てるとそんな舐めた行動は取ってはくれなそうだな」
咎人と成った者に、容赦はいらない、俺が委員会に入ったときに尊敬する先輩から言われた言葉だ、咎人になった人たちを助ける術は、無い。残念なことに殺すしかないんだ、本当に残念だけど、でもそれで咎人は救われると言う学者もいる、疑わしいことこの上ない、魚は地上に出ても苦しくない、動物は撃たれても痛くない、誰の基準だ? お前は動物になって銃口向けられたことがあるのかと聞きたいところだ。咎人も同じ、生きている、咎人だって嫌なはずだ、けど、そんなことばかり言っていたら俺たちも殺される、やるしかないんだ。
俺は右手に持っている本を開く、コンパクトな片手小説みたいな物だ。
その所作を見た咎人が恐ろしい勢いで俺の喉元に向かい牙を突き立てる、俺はギリギリながら横に飛び退いた、勢いそのまま咎人が俺の背後にある倉庫に突っ込み、頑丈なシャッターを噛み砕く、まるで発泡スチロールのように、あれが俺の頭だったら、トマトみたいにぐしゃりと・・・止めよう、気持ち悪くなってきた。
俺は咎人が再び来ないうちにポケットから一枚栞を取りだす、そして開いた本に栞を滑り込ませ、閉じた。
自分の体が引き寄せられるような感覚が襲う、これは魔法が行使された証拠だと言う、余り好ましくは無い、臓器が持っていかれそうになる感覚ってのは好きじゃあない。
本が真っ赤な光を伴って輝きだした、俺は口早に言葉を綴る。
「炎の中で暴れる怒りの化身よ、姿を現せ【|荒れ狂う炎の蜥蜴(サラマンダー)】
言い終わると同時に本を開く、それに伴い一つの赤い流星が一度俺のくせっ毛のついた髪の毛を掠り宙へと舞う、その後グルリと向きを変えて地面に激突、その瞬間に地面に幾何学模様の魔法陣が出現し、赤い光の粒子が飛び散る。
魔法陣から灼熱の炎が飛び出したかと思うと、その炎の中に一匹の犬程度の大きさの蜥蜴がギョロリと目玉を動かして俺を見た。
「命令を、早くしろ」
「あそこにいる咎人を撃滅」
「承知」
サラマンダーはそれだけ言うと、咎人へと突っ込んでいく、咎人はそれを見ると大きな前足(手だったところ)をサラマンダー目掛けてなぎ払うように薙いだ。
だが、俺の栞獣の中であれはすばしっこい類に入る、器用に前足のなぎ払いをかわすと、前足を伝い、咎人の面前へと鋭いスピードで迫る。
「容赦はいらねーぞー、サラマンダー」
「言われなくてもわかっている」
咎人の面前まで迫ったサラマンダーは己の体を丸めて円のようになり、咎人の顔面に突っ込んだ、サラマンダーの体に纏う炎が大きくなり、咎人はその巨体を地面へと横たえる、黒ずんだ顔からは黒い煙が燻っている。
「とどめだ、せめて痛く無いようにしてやってくれ」
「貴行はいつもそうだな、敵に対して情けをかける」
「何が悪い、情けは人のためならずって諺があるだろう?」
「この場合、人ではない、それに、情けは返ってこないぞ」
「お前と話してると、疲れる、はやくしろって」
「承知」
サラマンダーはそれだけ言うと大きく跳躍をしてみせる、そして纏っていた炎が全てサラマンダーの口へと移動する。次に来たのは熱波を纏った空気だ、サラマンダーが吐き出した灼熱の炎が一瞬で咎人を焼き尽くす、最後に残ったのは白い煙を上げる炭と化した元咎人だ、さて、こっからは俺の出番だ。
「来るか・・・」
炭になった体から、白い浮遊物が浮き上がり、半透明な狼が姿を現す。
それは神話に登場するフェンリルそのもの、巨体では無いものの、威圧的なその唸り声は人の根本的にある本能が危険だと察知するほどだ。これが奇獣、人に取り付いていた、栞獣の成れの果て。
「キサマ、ヨクモ・・・ヨクモォオオ!」
フェンリルが大口を開けて俺へと迫る、こいつの攻撃を喰らえば、俺も咎人の仲間入りとなるが、生憎、そんな気は毛頭無い、俺の悪友に退治されることになりそうだからな。
俺はポケットから真っ白な栞を取り出す、それには何も描かれていない、じゃあ何のためにあるのか、決まっている、奇獣を捕獲するためだ。
フェンリルの攻撃をギリギリまで引きつけ、奴の牙が俺に届く寸前、俺は左手に納まっている栞を前に突き出す、瞬間電撃が走ったような火花がフェンリルと栞との間に巻き起こる。
「グヌォオオオオオオ!!!」
フェンリルが唸り声を上げる、次いで栞から大きなどす黒い渦が現れた、その渦は恐ろしいほどの唸りを上げて周りの空気を吸い込み始める、これは小さなブラックホールとも呼ばれている、全ての物体を吸い尽くす大きな重力の塊、もちろん奇獣は物体、と言うよりは現象だけど、それも恐ろしいほどの重力には逆らえない、フェンリルはなす術も無く栞から出来た渦に吸い込まれ姿を消した、それと同時に渦も小さくなり、辺りには再び静寂が降りる。
俺はようやく一息ついた、ここまでが俺の仕事の一巡だ、俺は栞を眺める、何も描かれていなかった真っ白な栞だが、今は先ほど吸い込んだフェンリルの猛々しい姿が映し出されている、奇獣は栞獣の成れの果てなんて言ったけど、実際、奇獣から栞獣に戻すことも可能だ、やるべきことは簡単、奇獣を栞に戻せばいい。
もともと、奇獣は栞獣が戻る栞が無いために出現した現象、ならばその現象の発端をなくせばいい、戻る栞が無いのなら戻る栞を作ってそれに納めれば言いだけの話、と言うことだ。
「終わったか?」
俺が栞をしまうと、宙に漂う炎の蜥蜴、サラマンダーが俺に話しかけてきた、こいつは俺との長い付き合いだ、数年前に人の言葉を覚え始め今に至る、先ほどのフェンリルも、人に取り憑いたために言葉を使うことが出来るようになったのだろう。
「ああ、終わりだ、あとは明日これを支部長に渡せば、完全に任務終了」
「そうか」
「そっ、お疲れさん、逃走(エスケイプ)」
俺がそう言うとサラマンダーの姿は光る赤い流星となり、本へと戻る、俺が本を開くとあのサラマンダーが描かれている栞が出現、俺はそれを取るとポケットに仕舞い込み、元来た道を戻ろうと歩みを進めようと・・・しなかった。
なんだろうか、妙に胸騒ぎがする・・・気のせい? いやいや、違う、これは何かある、だけど何だ? 先ほどの奴とのやり取りに妙な違和感があった・・・か?
俺は今一度奴との会話を振り返ってみる。
『キサマ、ナゼイルトワカッタ? グゥゥゥ! ケハイハケシタハズダガ?』
なんてこと無い、ただ相手が警戒したがために言っただけ、っつーことは、次の会話か・・・。
『ナルホドナ、マンマトワレラハハメラレタトイウコトカ・・・』
これも不自然な点は・・・いや、まて、我ら?
作品名:BBB(Beast between books) 作家名:髪様