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めいでんさんぶる 1.前奏曲メイド研修生茉莉

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「ぼんやりに準ずる事も? 例えば、上の空とかマイペースとかのろまとか亀とか」
「まったくないです」
「……そう」
三井さんは黙り込んでしまった。
「……どうかしたんですか?」
「わたくし少し前に貴女の学校を観察しにいったの。そこで久隅さん、貴女を見たけれどその時の貴女はテキパキ動いていて確実に仕事をこなしていたわ。顔だって利発そうだし成績も悪くない……だからこうして研修の機会を設けてみたのに……」
で? 機会を設けたのに、って事は私やっぱり幻滅されてる!?
「貴女ってば意外とぼうっとしてる事が多いみたいだから」
それは三井さんの言動にいちいちと私が物思いに耽っているからです、なんてのはなんだか失礼で言えない。
正直、三井さんって意外にキャラ濃いんだもの。
学校には一風変わった人なんてあまりいなかったし、そんな人を見ると知的好奇心というか探求心が芽生えるのは人間の本能だから仕方ないじゃない?
「久隅さん」
「はい」
「またぼうっとしていたわね?」
「……はい」
「久隅さん、貴女ね、人と話をする時は━━」
三井さんは目を瞑り両手に腰を当てて話し出す。
えっと、もしかして私、今お説教されてる!?
……こういう時に限って知的好奇心や探求心が沸いてこない。
結局、最初から最後まで一句漏らさず、所々ではい、と相槌を打ちながら三井さんのお説教を受けるはめになってしまったのである。
果てには貴女には集中力が足りないと決めつけられ、このお屋敷にお仕えする一週間、毎日朝起きてすぐと夜寝る前に座禅を組むことを命じられてしまうのであった。
 
「先程は本当に失礼しました。でももう私大丈夫ですから! お仕事しましょう、三井さん!」
「本当に大丈夫かしら? ここで働いてる他のメイドより戦力になりそうな子を呼んだのにこれではいつものが一人増えただけだわ」
厳しいお言葉。確かに私は考え事して三井さんの説明を全く聞いていなかったけれどさすがに私より役に立たないメイドがいるとは思えない。だってバリバリの現役ですよ?
そもそもこんなに若くてハウスキーパーの三井さんの基準でいけば三井さんのお眼鏡にかなう人なんてそうそうにいないよ。
とりあえず、お仕事お仕事。
「信じてください。必ずお役に立って見せますから。このお屋敷の各部屋の場所も明日までに全部覚えて見せます!」
「そこまで言うならもう一度チャンスを与えるわ。……でも今日はもう部屋の案内はできないわ」
三井さんは私にきっぱりと言って窓の外を眺めた。
「……そうですね」
私も三井さんと同じく窓に顔を向ける。
三井さんのお説教が長かったせいか太陽はすっかり傾いてしまっていた。
まだ部屋の説明すら終わっていないのに……。
「夕食の準備をしないと。もうじき御主人様が戻ってこられるわ」
「私もお手伝いします!」
三井さんは訝しげな表情を私に向ける。まるで貴女は廊下掃除でいいわよ、と言わんばかりに。
しかし、ここでやらねば私は今日何もしていない要領の悪い女としか思われない。初日からそんな風に思われて終わるなんて私のプライドが許さない。
三井さんに私の情熱がきちんと伝わったのか伝わらなかったは分からないが、
「ついてきなさい」
ピシッとそれだけ言うと長くて切り揃えられた髪を揺らして歩きだした。

「ここにはコックの方はいないんですか?」
「きちんといるわよ。でも今日は御主人様の気まぐれでピクニックに連れて行かれたわ」
「……他の人も?」
「そうよ。わたくしは仕事が溜まっているしこの家を空ける事はできないし何より貴女の事もあるから行かなかったけれど」
それなのに今日は主にお説教しかしてません。ものすごく申し訳ない気持ちになる。
「でも大丈夫なんですか? コックの方いなくても」
「さすがにコックには劣るけれど物にはできるわ。厨房はここよ」
扉の向こうには白と木を基調とした広い厨房があった。
学校の調理演習室位広い。
それに機材も何から何まである。
「すごいですね! この位広いと結構厨房配属の方多いんですか?」
三井さんは水道で手を丹念に洗いながら淡々と答えた。
「一人よ。コックが一人」
「…………え? でも一人じゃこんなにたくさんのコンロやオーブン使いきれないですよ」
「一人だから使わないといけないんじゃない」
……つまりは時間がないから一気に焼いたり煮たりをしているというわけだ。
ここのハウスキーパーはすごいけどコックも相当の凄腕みたい。
「貴女も早く手を洗いなさい」
「はい。ところで何を作るんです?」
「肉じゃがよ」
あれ、なんかものすごく庶民的。もっとなんとか煮込みなになに風とかなんやらのソテーなに添えなになに仕立て、とかだと思っていたけど。
私の顔がいかにもそう聞きたい顔をしていたのか三井さんは話してくれた。
「御主人様、肉じゃがが好きみたいなのよ。前にもこういう事があってわたくしが夕食を準備する事になった時試しにお出ししてみたらえらくお気に召したみたいで機会があれば作れ、と。今日もきちんと肉じゃがを作りますと言っておいたから大丈夫よ」
「そうなんですか」
こんなに大きいお屋敷に住んでいるお金持ちの人が肉じゃがが好きなんて、結構親近感沸いてくるかも。どんな人なのかな。
エプロンを、と思ったけれどメイド服ってエプロンしなくてもいいんだった。
「あ、私が材料持ってきます」
「貴女は食料倉庫も分からないでしょう。久隅さんは野菜を洗っていて頂戴」
三井さんはそう言うとじゃがいものたくさん入ったボウルを私に押しつけた。
「はい……」
私だって食料倉庫位分かりますよ、三井さん。だってこの厨房からつながるあの部屋しかないじゃない。まあ、ハウスキーパーにそんな偉そうに言えないけど。
ボウルを流しに置いて水道水で黙々とじゃがいもを洗い始める。
何回か三井さんが私の側ににんじんやたまねぎを置いていってから隣の流しで三井さんも野菜を洗い始めた。
「三井さん、たまねぎをお洗いになっているみたいですが……」
「そうよ。きちんと汚れを落とさないと御主人様にお出しできないわ」
私は黙って三井さんに倣ってたまねぎも洗う事にした。きっと三井さん自らが行っているだけなんだと思うけれど。
野菜を洗い終え、今度は三井さんと向かい合ってまな板を並べ、野菜の皮を向いて丁度良いサイズに切る。
その時間を有効活用しようと私は疑問に思っていた事を聞くことにした。
「三井さん、そういえばここのメイドって何人勤めてらっしゃるんですか?」
「わたくしを含めて四人よ。少ないけれど御主人様は人見知りが激しいお方だからあまり雇うなとおっしゃるのよ」
「でも四人だけでお屋敷をお掃除するのって大変じゃないですか?」
「そうね。それにつけてあの子達はきちんと仕事をしないものだから本当に困ったものだわ。……だから」
三井さんはそこで一息置いてまな板から顔をあげると、
「貴女だけにはしっかりと働いてもらうわよ」
「……頑張ります」
にんまりと笑いながら言われるなら良いんだけどこんな台詞まで真面目そうに言うんだから私は素直にはい、なんて言えない。言ったら寝る間を惜しんでまでお仕事させられるに決まってる。