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めいでんさんぶる 1.前奏曲メイド研修生茉莉

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三井さんは私はまだお客様、って言ってたけどもう私、お客様じゃない気がする。その証拠に私に対する口調が変わった気がするもの。
とりあえず紅茶を早く飲み干す事にした。三井さんを待たせてはいけない。
せっかくの美味しい紅茶もゆっくりと味わう時間がなくなって残念。

まず最初に被服室に案内され、制服のサイズ合わせをする。
「……Mサイズかしらね」
私の体にハンガーにかかったままの紺色のワンピースを当てて三井さんが呟く。
「はい、私、服は全てMサイズですから」
「そう」
三井さんはこちらの顔も向かずに応えると他の棚から色々出して私に渡した。
「これに着替えて頂戴。あと、着替える時に計るから」
巻き尺を手にして言う三井さん。
「どうして計る必要があるんです? Mサイズがあるのに」
「駄目よ。きちんと体にきちんと合った物でないとだらしなく見えるわ」
つまりはオーダーメイドみたい。数日間の研修なのにそこまでするのかな?
というかそれじゃあ私は三井さんの前で着替えないといけないわけである。
「三井さん、サイズなら自分で計れますから」
「時間がかかるじゃない。だから2人でやった方が良いわ。……それともわたくしが殿方に見えて?」
笑わないけどすぐに怒り出しそう。
「そんな失礼な事思ってません」
それでも、同性でも脱いだり着たりするのはやっぱり恥ずかしいもので。しかも合って1時間も経っていない初対面の人の前で。
それにこの雰囲気、もうこの場で、という感じ。
三井さんは何を恥ずかしがる必要があるのと言わんばかりだ。まあ、三井さんが脱ぐんじゃないしね。
もういいや。しかたなく私は三井さんにせめてもの抵抗として背中を向けて学校の制服を脱ぎ始めた。
下着姿になって若干紅潮気味の私を余所に三井さんは、
「じゃあ計るわよ」
シャーッと巻き尺を伸ばして私の体の所々を計り始めた。
「首なんて計ってどうするんです?」
「襟首の長さよ。……はい、今度は手首」
さすがに手首を後ろから計るのはおかしいのでもうここは潔く三井さんに前を晒す。
案の定、三井さんは微動だにしないけれど。
「次はバスト」
「はい」
下着越しに巻き尺と一緒に三井さんの細くて長い指が少し当たる。
いやいや、私にはそんな気はないから。何気分に押し流されてるの、茉莉!
「次はウエスト」
「三井さん」
「何かしら?」
気を紛らわせるために話を振る。
「どうしたら三井さんみたいに美味しい紅茶が入れられるようになれるでしょうか?」
私の思いつきの質問に三井さんはさらりと答える。
「まずは知識よ。葉の種類によって葉の開く温度や適温が違うし温度によって色と香りも違ってくる。それは本を読んで覚えたり実際の経験を積んでいけば分かってくるわ。でも一番大事なのは心。御主人様やお客様に喜んで頂く気持ち。これは今すぐにでもできる事だわ。けれど絶対に欠かしてはいけない事。簡単のようで難しいけれどそれが出来ているお茶はどんなに下手な入れ方をしても知識だけのお茶よりは美味しくなるわ」
全然笑わないから少し薄情な人と思ったけれど三井さんはいつも真剣なんだ。一所懸命気持ちを込めたいから生温い笑いなんてないんだ。
私の質問が良かったのかは分からないけれどこれなら「今日の天気は良いですね」と言えば『天気よりも気持ち━━』とか帰ってきそうな気がする。
「はい、これで全て計り終えたわ」
身長を計った後、しゅるるると巻き尺を戻す三井さん。
私もいつの間にか終わってた雰囲気で大成功だ。早く制服を着てしまおう。……あまり気は進まないけど。
 
「よし」
鏡で確認。
こんな服は初めて着るから少し戸惑ったが三井さんの手を煩わせずに済んだ。
というか私だって着替え位1人で出来るわ。一応、学校の方ではトップの成績なんだから、って着替えはトップじゃなくても出来て当たり前……。
いけない。私、まだ全然お役に立ててない! まだ働く以前の段階だけれど。落ち着け、私。
「着替え終わりました」
私が言うと三井さんは私を上から下へと見て、顎に手をやったかと思えばしかめっ面。
あれ、私的には完璧のはず、なんだけれど。三井さんは私に近付くと私の胸元に手をやって、
「リボンタイが乱れていてよ。この部分」
「え"っ?」
私もリボンタイが乱れているかはすごく気にしている方なのでとても綺麗に結ぶ、のだが三井さんは気に入らないみたい。
……でも蝶々結びの輪の所が五分五分にならないといけないのだとすれば私は52対48位。つまりはほぼ完璧。これ以上は私の器用さでは無理に近い。
「いくら今日は2人だけだからといって半端な気持ちでは駄目よ」
私は常に真剣だ。
「三井さんかなり記帳面なんですね」
「そうね。けれどこの職業ならこの位記帳面でもよくなくて?」
「はあ……」
胸元でキュッと結ばれる。よし、今度からは今まで以上にしっかりとやろう。
ふと目を前にやると、三井さんのリボンタイは本当にしっかりと五分五分だった。

それから三井さんの仕事室や洗濯室や図書室等の大体の部屋の場所を案内してもらう。
もちろん着たからにはメイド服のままだがさすが作業着にされているだけあって動きやすい。
世間では俗的な物として見られがちだけれど本物の家政婦としてのメイドさんで三井さんみたいな素敵な人がいる素晴らしい仕事なんだよね。
それに周りにはメイドがたくさんいるんだし私さえ気にしなければごく当たり前の風景なんだ。
その事実を実感出来ただけでもこの服を着た意味があったかもしれない。
「聞いていて? 久隅さん、久隅さん? ……久隅さん!」
「は、はいっ!」
三井さんの呼び声に気が付かなかったようでやっと聞こえてきた怒声に思わず声が上擦らせて応えてしまう。一瞬、お母さんが頭の中で浮かんだよ。
「何でしょうか!?」
「何でしょうか、じゃないわ。明日からは貴女の実力を見せてもらうんだから。どの部屋が何処の部屋にあるかも分からずに力を発揮できると思っているの? だとしたら貴女、相当自信があるようね」
じわじわふつふつと三井さんが怒っているのが分かる。
ここは素直に謝ろう。
「すみません! 少し考え事をして三井さんのお話全然聞いていませんでした!」
誠心誠意込めて頭を深く深く下げる。
しばらくずっと頭を下げていたが三井さんからは何の反応もない。
もしかして今は凄い形相して怒っていて……まさか、もうここで働く前に帰れと言われるんじゃ!?
おそるおそる頭を上げるとやっぱり三井さんは相変わらず口を真一文字に結んでいる。
「久隅さん、貴女……」
「はい、私がどうか……?」
やっぱりお前はいらない、って言われるんだ。
……友達やクラスの皆に盛大に送り出されたのにこんなにすぐ帰ってくるなんてきっと異例。絶対笑われる。その後も学校になんていられないよ。
「正直に言わせてもらうわ」
……ああ、やっぱりそうだよ。
「貴女って結構ぼんやりするタイプなのかしら?」
「…………え?」
「だからぼんやりするタイプか聞いているの。きちんと答えなさい」
内容はなんだか個人的だけれど口調は変わらず。
「ぼんやり、ですか。少なくとも家族や友人には言われた覚えはないですけど」