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めいでんさんぶる 1.前奏曲メイド研修生茉莉

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18〜19世紀、英国のヴィクトリア朝時代に栄えた貴族に使えた奉公人。
意味としては家政婦もメイドも変わらないし学校で習っているから知らない訳じゃないんだけど。
日本ではメイドなんていうのはまず見かけない。
それよか最近ではサブカルチャーでよく聞くメイド喫茶なんかのメイドだ。
そんな捉えられ方の方が強い現代で本物のメイドをやるっていうのはなんだか恥ずかしい。幸い、運転手さんはそんな風には思ってないみたいだけれど。
「やっぱり当たりかぁ。お嬢さんしっかりしてそうだもんね」
「恐れ入ります」
「でも、お嬢さん若いねぇ。見た所まだ高校生位に見えるけれど」
そんな訳で私の中では知らずの内にメイドに対する嫌悪感が芽生えているのであった。
……という訳でメイドとして一週間お仕えすると知ってからの私は前より素直に頑張るぞ、という気持ちになれずちょっぴりブルーなのだった。
あの黒か紺のワンピースに白いエプロン、ホワイトブリムを本当に身につけなくてはいけないのだろうか。
そもそも朝良家政女学校京都校は主に"家政婦"扱いとして教育しているはずでそんな私達が身に着けるべきユニフォームは割烹着に近い。
メイド服を身に着けるのは朝良家政女学校福岡校であるべき。福岡校は主にメイドをとしての教育をしていると聞く。
……なのに、何故!?
「お嬢さん、着いたよ」
運転手さんの声を聞いて今更悩んでも仕方のない事を考えていた頭を空にに戻す。
すると燕脂色の屋根に白い壁の大きな西洋風のお屋敷、いわゆるカントリーハウスが堂々と建っていた。
このご時世に実際にこんな建物に住んでいる人、本当にいるんだな、と思いに耽っていると洋館の側に白と紺のツートンカラーに身を包んだ人が立っているのに気がついた。
……やっぱり"メイド"なんだなぁ。
運転手さんはメイドさんの近くで車を止めると席の窓を開けて挨拶をすると何やら話し出した。タクシーを使う時もあるって言っていたから知っている人なのかな。
そしてメイドさんは軽く頭を下げて懐からお金を取り出すと運転手さんに渡した、ってぼうっと見ている場合じゃなくて、
「大丈夫ですっ! 私ちゃんとお金ありますからっ私が払いますっ!」
私の言葉にメイドさんは初めて私の方に目をやり、
「貴女はまだお客様です。わざわざこんな遠い所までいらっしゃったのですから」「学校側からお金はきちんともらっていま……ああ」
私が言い終える前に運転手さんにお金を渡してしまった。
……今はとりあえず渋々メイドさんに言いくるめられておく事にし、車から出て運転手さんからトランクの荷物を受け取った。
「じゃ、お嬢さん。健闘を祈っているよ」
メイドさんの隣に並んで頭を下げ、タクシーを見送った。
空白の1クッションを置いてから、
「お疲れでしょう。お茶でも入れますから。こちらに」
私のトランクを片手に持つと、
「荷物はわたくしが運びますから」
ともう片手を私に差し出した。
「いえいえ結構です! 大丈夫ですから! むしろトランクも私一人で運べますし!」
私が頑としても譲らないとさとってもらえたようで軽くため息を付くと今持っているトランクだけを持ってお屋敷の方へ歩きだした。
私も後に続く。
入ったすぐそこには大広間、奥には大きな階段が真ん中にあって左右に分かれている。端にはいくつも扉があり、壁や空いたスペースにはいかにも高そうな絵画や調度品が飾られていた。
その中のいくつかの扉と廊下を通り、一つの部屋に通された。
広さはなかなかで、ローテーブルやソファが配置されている。応接間かな?
「お好きな所にお掛けになって少々お待ち下さい。お茶を御用意致します。今は他のメイドが外していて」
「あ、はい」
私が返事をすると部屋から出て行ってしまった。言われた通り荷物を降ろしてソファに腰を埋める。
それにしても綺麗なお屋敷だなぁ……。
メイド、だけれど一週間ここで働くのだと考えると胸がワクワクする。しばらく辺りを見回しては喜びに浸り、を数回繰り返していると、
「お待たせ致しました」
メイドさんはカートにティーポットやカップを乗せてやってきた。というか早い!
そしてさっさと私の前にカップとソーサーを置くとポットで紅茶を汲み、
「お砂糖は」
「あ、大丈夫です」
本当は1つ入れたかったけれど紅茶の入れ方が流れるような手付きでとっても綺麗なのについ見惚れてしまってつい断ってしまった。
学校でもお茶の入れ方の上手い先生がいらしたけれどそれよりも上手いかもしれない。
紅茶の香ばしくてほのかに甘い香りが辺りに広がって鼻をくすぐる。
「頂きます」
カップに口を付け、こくんと一口、するとさらに口の中に香ばしい香りが広がる。
味だってコクがあって、普段はお砂糖入れるのにこの紅茶はお砂糖入れていないのにとっても飲み易くて美味しい。茶葉も高くて良い物なんだろうけど入れ方も上手で相乗効果ですごい事になって……。
「……とっても美味しいです。私、今まで飲んでた紅茶飲めなくなっちゃいそうです」
「恐縮ですわ」
メイドさんは軽くお辞儀をしてからこほんと小さく咳払いをすると、
「申し送れました。わたくし、三井巴(みつい ともえ)と申します。ここではハウスキーパーを担っております」
「えっ!?」
こんなにお若いのにハウスキーパーって。お茶の入れ方も上手だからパーラーメイドなのかな、と思っていたけど。
ハウスキーパーというのはメイドの中の役職で簡単に言えばメイド長、メイドの最も偉い役職の事。メイドの人事権もハウスキーパーが全て握っているから私の研修を評価するのもおそらくこの人になるのだろう。しかし、こんなに若い人がハウスキーパーだなんて。普通は年齢を重ねてやっとの事でハウスキーパーになれるのに。つまり三井さんは相当出来る優秀なメイドであるらしい。
「『えっ!?』?」
三井さんが私の言葉を怪訝な顔で繰り返す。おかしいか、とでも言いたそうに。
「すみません! お若いのにハウスキーパーだなんて驚いちゃって」
よく見てみると三井さんの右側の腰にはハウスキーパーの証である鍵束が据えられていた。
私はカップをソーサーに戻し、その場で起立すると、
「朝良家政女学校京都校から来ました。二年生の久隅茉莉(くすみ まつり)と申します。一週間、お世話になります!」
この時、やっと三井さんをちゃんと見たような気がする。
腰まで伸ばして切り揃えられたロングの艶やかな黒髪、右目の側には泣きボクロがあって賢そうな雰囲気を醸し出していてさらに眼鏡をかけている事によって拍車をかけている。使用人ではなくてまるで何処かのお嬢様と思える程、気品に満ちていて貫禄のある人だ。
「久隅さんね。覚えたわ」
……それにしても三井さんは笑わない。さっきから一度たりとも微笑みもせずずっと賢そうに口を真一文字に結んで単々と業務を遂行している。
格好良い、と言っちゃ格好良いけど話し辛い雰囲気がある。
「久隅さん、それを飲んだら制服のサイズ確認。その後はお屋敷を軽く案内するわ」
……う、制服。やっぱり着なきゃ駄目かな。
そんな心情は押さえ込んで、
「はい!」
と至って真面目に答えてしまう私。