めいでんさんぶる 1.前奏曲メイド研修生茉莉
1.前奏曲(プレリュード)メイド研修生
まさかこんな好機が巡って来ようとは思いもしなかった。
今日一日の講義を全て終え、今週の食事当番が当たっている私は暦ちゃんと調理実習室に向かおうとしていると先ほど終わったばかりの授業の先生から声がかかった。
「久隅さん、職員室まで来るようにと中沢先生から言われていたのよ。今すぐ行ってらっしゃい」
「でも私、食事当番が……」
「食事当番の事なら私がどうにかするから。早く行ってらっしゃい」
先生がそこまでして私に職員室に呼ぶなんて何か大事な用事なのか、暦ちゃんも私と同じ事を思っているようでお互い顔を見合わせた。
「茉莉ちゃん、何か悪い事でもしたの?」
「人聞きの悪い事言わないでよ。……とりあえず行ってくるから荷物頼める?」
「うん、行ってきな〜」
後から何があったかきちんと話してね、と耳打ちされながら私は送り出されるのだった。
ここは私立朝良家政女学校(しりつあさらかせいじょがっこう)京都校。
この学校は将来、家政婦を目指す者の為に作られた全寮制の女学校。
私も家政婦になりたくてこの学校に入って日々頑張っている、が暦ちゃんの言った悪い事で呼び出されたわけじゃなければいいんだけど。
自慢ではないけれど私はこの学校ではそこそこの成績を納めている。
そして品行方正、先生達からの信頼も厚い、いわば模範生のはず。
制服に乱れがないか確認してから職員室のドアをノックして、
「失礼します。中沢先生はおられますか?」
「久隅さん、こっちよ」
職員室を見渡して言うと奥の方から中沢先生の明るい声と共に手招きが私を呼んだ。
中沢先生はこの学校では比較的若い先生でここのOGらしい。担当教科は家事基礎で美人で優しいけれど程良い厳しさも持ち合わせていて生徒からも人気のある先生だ。
他の先生の机な間を縫うようにして中沢先生の元へたどり着くと中沢先生は何処からか椅子を持ってきて、
「ここにおかけなさい」
さて、何の用だろう? 中沢先生の表情を読み取る限りでは悪い話ではないみたいだけど。
「私に何のご用なんですか?」
質問すると、
「とりあえずおめでとう」
中沢先生は相変わらずの微笑みのまま私を賞賛する。
「……一体、何なんでしょうか?」
私がもう一度質問すると、
「この間、家政婦さん達が見学にいらっしゃったの、覚えているかしら?」
一週間前程だったかな。覚えている。
現役の家政婦さんが今の家政婦教育の現状を知り、教育者の育成を目的とした、いわば家政婦学校の先生の授業参観と言ったものが1年に1、2回程行われ、各地から家政婦さんがやってくるのだ。
もちろん、私達も将来家政婦になる者として真面目さや態度、応用力等を後から職員会議なんかで評価されているらしいから気は抜けない。
「その後に評価を頂いたんだけれど、久隅さんは技能、関心、態度共に評価が高かったのよ。久隅さんは生徒の鑑ね」
「あ、そうなんですか、……恐縮です」
どうやら良い話だったようだ。現役の方に誉めてもらえるなんてとても名誉な事だしちょっと胸を張れるよね。
「━━で、そこから出たお話なのだけど」
「まだ続きがあるんですか?」
「とあるお屋敷の家政婦さんから久隅さんをしばらく預かりたい、という話が出たのよ」
「……え? それって?」
「つまりは研修。ほら、たまに優秀な三年生が何処かのお屋敷にお呼ばれされてるでしょう?」
「…………マジですか」
私が研修なんて。研修に行かせてもらえるなんて三年生のごく一部、それに毎年出るとも限らないというのに、二年生のこの私が!?
「久隅さん、言葉遣い」
中沢先生に窘められて慌てて言い直す。
「本当ですか。……あまりにも、夢みたいな話ですから」
「確かに二年生が研修生に選ばれるというのは久しぶり……、理事長のお話では10年ぶりらしいわ。けれど優秀な家政婦さんが久隅さんを、と言って下さったのだし、職員会議でも久隅さんなら外に出しても大丈夫、と見極めたのだから」
後は私の意見次第、という事らしい。
そりゃあ名誉だ。二年生で研修なんて。なんというか、今まで頑張った甲斐があったなぁ、よくやったよ、茉莉!
「どうする? やっぱりまだ不安かしら?」
「確かに上手くやれるか不安な所もありますけど……、この先こんなチャンスもうないかもしれないんですよね、……私、是非行かさせて頂きます!!」
「そうこなくっちゃ!」
私が答えると中沢先生はウインクを放った。
数日後、私はクラスメイトだけではなく全校生徒や先生達にまるで悪者を退治しに行く勇者のように盛大に見送られ、学校を出た。
あの日の事を後から暦ちゃんに律儀にも説明したのが悪かったか、次の日からは二年生の久隅茉莉が研修生に!、と校内中のビッグニュースとなってしばらく私は時の人となった。
やはりというかこういう珍しい事は周りの目を引くようで同学年や先輩後輩達からは何かと応援や尊敬の言葉をかけられ、自分より年下に先を越されるのを嫌う先輩もいたようで肩身の狭い思いもしたのだが私はそんな事よりも別の事で頭を悩ませているなんて他の誰が知っていたであろう。
電車に乗って、研修先のお屋敷の最寄り駅から学校側の手配してくれたタクシーに揺られる事何分だったか、街を出てからずっと続く白樺の林をずっと眺めていた。
「それにしてもお嬢さん、こんな森まで何か特別な用事でも?」
ふとタクシーの運転手さんがミラー越しに私の顔をのぞき込んで聞いた。
「ええ。研修で」
すると運転手さんは何か察したようで、
「……この先にゃ立派なお屋敷があったが、もしかしてそこの家政婦さん志望の人かい?」
「……大体そんな感じです」
今まであまり会話のなかったタクシー内が今になってようやく人の声が交わされるようになる。
「時々、そこの家政婦さんがたまにタクシーを使うんだよ。その時、少し話をしたら今は人手が足りないと言っていたから募集でもかけたのかな、って今思い出したよ」
「…………」
先生に行きますと告げた翌日、私は再び中沢先生に呼び出された。
研修先のお屋敷の方に行きます、という書類の手続きをしなければいけなかったから。
その時に聞いたのが研修期間は一週間。
そしてこの研修で上手くいけば私は晴れて正規の家政婦としてそのお屋敷に勤めさせてもらえる事が分かった。
これもまたとないチャンスで学校で習う所でも実際にやってみた方が見えなかった所まで見えてくるし一日授業をやっているようなものなのでもっと力が付く。それに念願の仕事にこんなに早く就く事が出来るのが何よりの魅力だ。
しかし、研修期間が終わって正規家政婦にさせるなんて普通じゃありえない。
というのもそのお屋敷は現在人手不足で難儀しているらしく、何らかの事情で使用人を多く雇う事が出来ないらしく、良質の使用人を探す暇もないのだそうだ。
そこでちょうど学校に視察に来る用があり、偶然即戦力になりそうな、私を見つけたのだそうだ。
もし、そこでの就職が決まったとしても一応学校への在籍はそのままできちんと卒業もさせてくれるという話だから悪い所なんて一切無いんだけど……。
私は家政婦、としてではなく"メイド"としてそのお屋敷にお仕えするのだそうだ。
メイド。
まさかこんな好機が巡って来ようとは思いもしなかった。
今日一日の講義を全て終え、今週の食事当番が当たっている私は暦ちゃんと調理実習室に向かおうとしていると先ほど終わったばかりの授業の先生から声がかかった。
「久隅さん、職員室まで来るようにと中沢先生から言われていたのよ。今すぐ行ってらっしゃい」
「でも私、食事当番が……」
「食事当番の事なら私がどうにかするから。早く行ってらっしゃい」
先生がそこまでして私に職員室に呼ぶなんて何か大事な用事なのか、暦ちゃんも私と同じ事を思っているようでお互い顔を見合わせた。
「茉莉ちゃん、何か悪い事でもしたの?」
「人聞きの悪い事言わないでよ。……とりあえず行ってくるから荷物頼める?」
「うん、行ってきな〜」
後から何があったかきちんと話してね、と耳打ちされながら私は送り出されるのだった。
ここは私立朝良家政女学校(しりつあさらかせいじょがっこう)京都校。
この学校は将来、家政婦を目指す者の為に作られた全寮制の女学校。
私も家政婦になりたくてこの学校に入って日々頑張っている、が暦ちゃんの言った悪い事で呼び出されたわけじゃなければいいんだけど。
自慢ではないけれど私はこの学校ではそこそこの成績を納めている。
そして品行方正、先生達からの信頼も厚い、いわば模範生のはず。
制服に乱れがないか確認してから職員室のドアをノックして、
「失礼します。中沢先生はおられますか?」
「久隅さん、こっちよ」
職員室を見渡して言うと奥の方から中沢先生の明るい声と共に手招きが私を呼んだ。
中沢先生はこの学校では比較的若い先生でここのOGらしい。担当教科は家事基礎で美人で優しいけれど程良い厳しさも持ち合わせていて生徒からも人気のある先生だ。
他の先生の机な間を縫うようにして中沢先生の元へたどり着くと中沢先生は何処からか椅子を持ってきて、
「ここにおかけなさい」
さて、何の用だろう? 中沢先生の表情を読み取る限りでは悪い話ではないみたいだけど。
「私に何のご用なんですか?」
質問すると、
「とりあえずおめでとう」
中沢先生は相変わらずの微笑みのまま私を賞賛する。
「……一体、何なんでしょうか?」
私がもう一度質問すると、
「この間、家政婦さん達が見学にいらっしゃったの、覚えているかしら?」
一週間前程だったかな。覚えている。
現役の家政婦さんが今の家政婦教育の現状を知り、教育者の育成を目的とした、いわば家政婦学校の先生の授業参観と言ったものが1年に1、2回程行われ、各地から家政婦さんがやってくるのだ。
もちろん、私達も将来家政婦になる者として真面目さや態度、応用力等を後から職員会議なんかで評価されているらしいから気は抜けない。
「その後に評価を頂いたんだけれど、久隅さんは技能、関心、態度共に評価が高かったのよ。久隅さんは生徒の鑑ね」
「あ、そうなんですか、……恐縮です」
どうやら良い話だったようだ。現役の方に誉めてもらえるなんてとても名誉な事だしちょっと胸を張れるよね。
「━━で、そこから出たお話なのだけど」
「まだ続きがあるんですか?」
「とあるお屋敷の家政婦さんから久隅さんをしばらく預かりたい、という話が出たのよ」
「……え? それって?」
「つまりは研修。ほら、たまに優秀な三年生が何処かのお屋敷にお呼ばれされてるでしょう?」
「…………マジですか」
私が研修なんて。研修に行かせてもらえるなんて三年生のごく一部、それに毎年出るとも限らないというのに、二年生のこの私が!?
「久隅さん、言葉遣い」
中沢先生に窘められて慌てて言い直す。
「本当ですか。……あまりにも、夢みたいな話ですから」
「確かに二年生が研修生に選ばれるというのは久しぶり……、理事長のお話では10年ぶりらしいわ。けれど優秀な家政婦さんが久隅さんを、と言って下さったのだし、職員会議でも久隅さんなら外に出しても大丈夫、と見極めたのだから」
後は私の意見次第、という事らしい。
そりゃあ名誉だ。二年生で研修なんて。なんというか、今まで頑張った甲斐があったなぁ、よくやったよ、茉莉!
「どうする? やっぱりまだ不安かしら?」
「確かに上手くやれるか不安な所もありますけど……、この先こんなチャンスもうないかもしれないんですよね、……私、是非行かさせて頂きます!!」
「そうこなくっちゃ!」
私が答えると中沢先生はウインクを放った。
数日後、私はクラスメイトだけではなく全校生徒や先生達にまるで悪者を退治しに行く勇者のように盛大に見送られ、学校を出た。
あの日の事を後から暦ちゃんに律儀にも説明したのが悪かったか、次の日からは二年生の久隅茉莉が研修生に!、と校内中のビッグニュースとなってしばらく私は時の人となった。
やはりというかこういう珍しい事は周りの目を引くようで同学年や先輩後輩達からは何かと応援や尊敬の言葉をかけられ、自分より年下に先を越されるのを嫌う先輩もいたようで肩身の狭い思いもしたのだが私はそんな事よりも別の事で頭を悩ませているなんて他の誰が知っていたであろう。
電車に乗って、研修先のお屋敷の最寄り駅から学校側の手配してくれたタクシーに揺られる事何分だったか、街を出てからずっと続く白樺の林をずっと眺めていた。
「それにしてもお嬢さん、こんな森まで何か特別な用事でも?」
ふとタクシーの運転手さんがミラー越しに私の顔をのぞき込んで聞いた。
「ええ。研修で」
すると運転手さんは何か察したようで、
「……この先にゃ立派なお屋敷があったが、もしかしてそこの家政婦さん志望の人かい?」
「……大体そんな感じです」
今まであまり会話のなかったタクシー内が今になってようやく人の声が交わされるようになる。
「時々、そこの家政婦さんがたまにタクシーを使うんだよ。その時、少し話をしたら今は人手が足りないと言っていたから募集でもかけたのかな、って今思い出したよ」
「…………」
先生に行きますと告げた翌日、私は再び中沢先生に呼び出された。
研修先のお屋敷の方に行きます、という書類の手続きをしなければいけなかったから。
その時に聞いたのが研修期間は一週間。
そしてこの研修で上手くいけば私は晴れて正規の家政婦としてそのお屋敷に勤めさせてもらえる事が分かった。
これもまたとないチャンスで学校で習う所でも実際にやってみた方が見えなかった所まで見えてくるし一日授業をやっているようなものなのでもっと力が付く。それに念願の仕事にこんなに早く就く事が出来るのが何よりの魅力だ。
しかし、研修期間が終わって正規家政婦にさせるなんて普通じゃありえない。
というのもそのお屋敷は現在人手不足で難儀しているらしく、何らかの事情で使用人を多く雇う事が出来ないらしく、良質の使用人を探す暇もないのだそうだ。
そこでちょうど学校に視察に来る用があり、偶然即戦力になりそうな、私を見つけたのだそうだ。
もし、そこでの就職が決まったとしても一応学校への在籍はそのままできちんと卒業もさせてくれるという話だから悪い所なんて一切無いんだけど……。
私は家政婦、としてではなく"メイド"としてそのお屋敷にお仕えするのだそうだ。
メイド。
作品名:めいでんさんぶる 1.前奏曲メイド研修生茉莉 作家名:えき