小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

桜ト智香物語

INDEX|4ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 




………。





「おっそーい!!ちかちゃん!!約束の時間もうとっくにすぎてるよ!!」


待ち合わせ場所に選んだ駅前の時計台に着くと、頬を膨らませ機嫌の悪いハムスターのような、まぁーなんとも愛らしい顔をした、西風 桜が泣きべそをかいて、そこにいた。
結構飛ばした積もりなんだが…ダイヤという物には人間逆らえまい。


実質、家を出たのはあれから20分弱という、女としては神速の域で飛び出して来た訳だが…チョイスを思いっ切りミスってしまった。駅前だから電車で行ってやるなどと鼻息荒く最寄(徒歩30分)の無人駅へ脱兎の如く走り切るも、閑散としたホームで時刻表を見上げると…なんということでしょう、5分前に発車なされているではありませんか。
息切れして酷い様の表情をさらに歪ませて嘆く、ついでに時刻表下のベンチを蹴り飛ばして八つ当たり…しかし、神様は無情にもこのベンチ君に強度という贈り物をしていたらしく、蹴った方の脚がベンチの代わりに悲鳴をあげた。
涙腺崩壊寸前の目尻をなんとか上げ、情けなくしゃがみ込んでひりひりとなんだか赤くなってきた脛を擦りながら時刻表をもう一度確認すると、次は約30後…。
ここのホームは住宅街から突き出た場所に存在するため、タクシーを探すにも、歩きなら10分ほど水田を眺めながら住宅街へ戻り、活気のある商店街まで進まなくては見つけるのも至難の業だろう。


ふと、時刻表の隣の広告に目を泳がせるとタクシー会社の電話番号がイメージキャラクターらしかぬ者と一緒に印刷されているのを発見した。まあ、おおよそ市内の方から電車で帰宅するサラリーマンのための広告だったりするのだろうが、遊び人だって使っていいはずだ。
あまり利用回数が少ないタクシーの運賃相場に些か不安を覚えるが、已むを得ない…と、ポーチを開き携帯を取り出そうとしたが……ないよ?


冷や汗全開で、決して広くないポーチの隅から隅まで、衣服のありとあらゆるポケットを捜したが…見つからない。
そこで思い出すのは、充電器に繋がれ、早く出ろよとイラつくように鳴り響いていたあの子。
やばい、あまりに急いでたから放置してきちゃったよ。


不安の前に希望が消え去った。


おとなしく電車を待とう。足痛いし、疲れたし、ダルさが込み上げてきたし、乙女の体力なめんなっ!!と、誰にでもなく自分に言い聞かせてベンチにぐだぁっと腰掛ける。
今頃忙しなく携帯は鳴り響いているだろう。なんせ約束は午後1時…そう、丁度起きた時間である。待ち合わせ場所に着くのは約束の時間より1時間半後になるだろうな。
はぁーと溜め息をついて、なんとなく空を見上げる。馬鹿みたいに青々としていて火照った体をさらに昂揚させるように、太陽が光り輝いていた。


「あっつー…。」


手で団扇をつくり、微量な風を作りながら汗を吸い取った髪のうざったさに舌打ちをする。
あいつ…帰ったかな…?
なんだか本当に申し訳なくなり、過ぎった不安を正当化するように呟いてみる。


「まっ…帰っちゃてても仕方がないよね。あついしさ………まったく…ばかやろう、あたし。」


そんなことを考えていたら市内行きの電車が到着したので、飛び乗った。








そんなこんなで冒頭に戻るのだが、実のところ言っちゃえば、嬉しかった。
人込みでざわめきたつホームからチラリと見えた時計台の下のシルエットを確認した時に、脚の痛みも忘れ、疲れさえ吹き飛んで、熱気が高まる群集を掻き分けるように走り出してしまったことは…黙っておこうかな。




作品名:桜ト智香物語 作家名:もみじ