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遼州戦記 保安隊日乗 6

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 嵯峨は口にタバコを咥えてつぶやく。その言葉に誠は不思議そうに首をひねった。
「どう見ても最新鋭の義体ですよ。元というのは……」 
「カウラも脇が見えてきてるじゃねえか。偽装だな。まあ突っ込んで調べてみるのもできなくは無いが……どうせ二等書記官クラスが左遷されて終わり程度の話にしかならんだろう。俺は動くのもばかばかしいから豊川署の署長には俺がそう言ってたと言うのを上に伝えておいてくれと言ったがね」 
 力なく笑う嵯峨。誠はそんな自分の無力さを部下に吐露する嵯峨を初めて見た。カウラも、コーヒーに口を付けているアイシャもその表情は冴えない。
「そんなにがっかりするなよ。確かに状況証拠はどう見ても水島を囲ってたのは米軍だって事を示している。すでにべらべら自供を始めている水島もアメリカ大使館の関係者の餓鬼から勧誘を受けていたとか訳の分からないこと抜かしてやがる。だがね。こちらとしても公にそのことを言うわけには行かない事情がある。ベルルカンの失敗国家で同盟成立以来三件、これから予定されているだけでも二件の選挙が行なわれる。失敗国家の選挙管理なんて言うのはどこでも非常にデリケートな問題だ。民間、政府機関のどちらにおいてもアメリカさんのお手を煩わせているのも事実だし、もしアメリカがその選挙を遼州同盟が仕組んだ茶番だと騒ぎ始めれば一気に地球と遼州の関係は前の大戦の直前並みに悪化することも考えられる。外交問題にして得することは俺達には何も無いんだ」 
 それだけ言うと嵯峨はそのまま病院の建物へと歩き出した。誠はベッドに横たわりながら両の手を握りしめていた。目を向ければカウラも顔に出さないが嵯峨の言い方にはかなり腹を立てているように見えた。
「気持ちは分かるけど現実はそういう事。今回は要ちゃんは正体不明のテロリストに蜂の巣にされたと言うことで終りよ。それ以上は考えても無駄だし、考えない方がましだわね」 
 誠にはアイシャの言葉が冷たく感じられた。ただし嵯峨の言うとおりこの惑星遼州の南方に浮かぶベルルカン大陸の混乱収拾が同盟には不可欠な政治上の問題であることは誠にもよく分かる。ただ分かるがあれほどに要を痛めつけた相手を正体不明の死体一つを残して解決しようとする嵯峨の言葉には納得できないでいた。
「お前も不満か?」 
 突然頭の後ろから声をかけられてびくりと誠は振り返った。
「ベルガー大尉……驚かせないでくださいよ」 
「驚かせたつもりは無いがな。とりあえず体を休めつつ腹の中で怒っておけ。それと西園寺だがすでに義体の予備があったそうだから再調整を二日くらいすれば原隊復帰ができるそうだ……アイツのことだまた机の二つや三つぶち壊すだろうが今回は私もつきあいで始末書でも書くつもりで壊すかな」 
「カウラちゃんまで馬鹿言わないでよ。それにしてもあの馬鹿みたいに高い義体に予備?さすがお姫様は違うわね」 
 アイシャがからかうように叫ぶ。もしこの場に要がいれば蹴りの二三発は飛んでいたと想像して誠が笑い始めたときだった。
『何がおかしいんだ?神前』 
 突然誠の右腕の携帯端末がしゃべりだした。そしてその声は明らかに要のものだった。
「西園寺さんですか?」 
『他の誰が今の会話に突っ込みをいれるんだ?』
 不機嫌そうな声に頭をかく誠。それを見てにやりと笑うアイシャ。カウラは面倒に関わるのはごめんだと言うようにそのまま近くのパトロールカーの回りに群がる捜査関係者の方へと歩き出してしまった。
「身動きとれずにじっとしている気分はどう?」 
『アイシャ……あさっては覚えてろよ』
 誠の端末から響く声に誠とアイシャは目を見合わせて笑っていた。
「とりあえず終わったんだ……」 
 事態の中途半端な収拾は腹に据えかねたがただとりあえずの決着を見たことに対する安心感が誠を包み込んでいた。そして睡魔が再び誠を静かな眠りへと導いた。


 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)60


 その日、誠は殺気を感じて目覚めた。時計は5時45分を指している。まだ起きるのには早い。事実寮のほかの部屋には動きのようなものは感じられなかった。
「眠れないか……」 
 一月半ばの寒気が全身を覆いつくしたのでそのまま誠は起き上がった。そしてそのまま部屋の端の棚に目を向ける。
「明後日だったよな」 
 その棚にはびっしりとアニメのヒロインのフィギュアが並んでいた。半分は誠が作ったものだったが入隊してからは作るのを止めていた。道具を実家に置いてあったという事情もある。軍の養成所の二人部屋では有機溶剤を溶かすなどと言うことはルームメイトに喧嘩を売るようなものだった。保安隊の下士官寮に移ってからはアイシャ達に何度も作るように催促された。それでもどうも気分が乗らずに今日まで手を出さすにいた。
「そろそろ作ろうかな……」 
「何を作るんだ?」 
「うわ!」 
 背中からの女性の声に誠は棚に倒れそうになるのを上手くかわしてそのまま畳に転がった。
「西園寺さん!直ったんですか?」 
「おうよ、修理完了だ……それにしても気持ち悪りいなあ。人形見つめてニヤニヤ笑いやがって」 
「良いじゃないですか!それより何で今の時間に?」 
 そう言う誠だがすでにジャージに着替えて要の背中の後ろに立つカウラとアイシャの落ち込んだ表情でなんとなく予想がついた。
「ランニングにでも?」 
「そう言う事だ。豊川署にいる間はしてないだろ?たるんできてもうそろそろ自主的にやろうと言う気になるだろ?エース殿」 
 タレ目の端をさらにたらしてにやける要。誠は大きくため息をついた。
「ごめんね誠ちゃん。止められなくて……」 
「クラウゼさんいいですよ。着替えますから」 
「え?」 
 聞こえない振りのアイシャにため息をつきながら誠は箪笥をあけてジャージを取り出した。
「じゃあ食堂で」 
 そう言うと要は居座る気が満々のアイシャを引っ張って部屋の外に消えた。
「なんだかなあ……」 
 寒さに震えながら着替える誠。そして先日の事件を思い出しながら着替えをした。
 水島勉による連続違法法術発動事件は複雑な様相を呈し始めていた。東都でも地球伝統保守派系の野党が国民全員の法術適正検査の義務化の法案を提出していた。与党がその法案の対案として提出したものにも年齢制限などの緩和策が盛り込まれているものの義務化と言う方向性ではどちらの法案も似たり寄ったたりの内容だった。
 法術師の脅威を叫ぶマスコミ人が連日ワイドショーに集まっては司会者を苦笑させるような暴言を吐き続け、法術適正者の氏名発表を望む意見がネットを駆け巡る。遺伝子検査で地球人以外のDNAが検出された人間の排斥を訴えた月刊誌が同盟憲章に違反する行為だとして廃刊になるなど騒ぎはとどまるところを知らなかった。
 ただ朝の誠にはとりあえず着替えを済ませることの方がそんな世の中の流れより重要なことだった。いつもの事ながら大通りから遠い住宅街の中の下士官寮の冬の朝は静かだった。着替えを済ませて顔を洗って階段を下りる。世の中がどう動こうがその動作が変わることは無かった。
 なぜか食堂には多数の人の気配があった。皆暗鬱な表情でジャージを着て雑談を続けている。