小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 6

INDEX|73ページ/77ページ|

次のページ前のページ
 

「西園寺さん……なんで俺達まで」 
 入り口でジャージ姿で突っ立っている島田。隣の菰田もめんどくさそうにあくびをこらえていた。
「鍛え方が足りねえから鍛えてやろうってんだ。感謝しろよ」 
 二人を眺めながら食堂の椅子にどっかりと腰を下ろしている要。厨房の中を見れば食事当番と言うことで難を逃れた肥満体型のヨハンとその仲間達がちらちら島田達に哀れみの視線を投げながら料理の真っ最中だった。
「なんですか……寮の全員ですか?」
 いつも出勤時にはジャージを着ることにしている誠。おかげで二度手間にはならなくて済むがこの夜明け直後の早朝からのランニングにつきあわされるとは思っていなかったのでただ呆然とやる気をみなぎらせている要を見つめるだけだった。 
「これから忙しくなった時を考えたら当然だろ?法術がらみとなれば茜の法術特捜や東都警察の法術部隊じゃ遅すぎることは分かったんだから」 
「でも要ちゃん。それと私達の早朝強制ランニングと何か関係があるわけ?」 
 アイシャは相変わらず不満そうにつぶやく。隣のカウラは要がマメに非番の隊員までたたき起こしたことに呆れるように静かに番茶を啜っていた。
「なんでもそうだが体力が重要だぞ。今回の事件で分かったろ?」 
「誰かはかませ犬になって蜂の巣にされたもんね」 
「アイシャ……死にたいか?そんなに……」 
「苦しいわよ!要ちゃん!」 
 口答えをするアイシャの首を握って振り回す要。その様子に苦笑いを浮かべながら厨房からヨハンが顔を覗かせた。
「簡単なものしかありませんけど。豆のスープと黒パン。そしてベーコン」 
「それだけありゃ十分だ。とっとと食うぞ」 
 要はそう言うと先頭に立って朝食を乗せるトレーに手を伸ばした。
「朝食!」 
 さっと飛び上がりアイシャが要からトレーを奪う。そして何事も無かったようにお玉を手にしたヨハンの前に立った。
「テメエ……」 
「ぼんやりしているからでしょ?この前だって簡単に片腕斬られて腹に銃弾を受けて……」 
「オメエなら大丈夫とでも言うつもりか?」 
「そこまで言うつもりは無いわよ……でも今現にこうしてトレーを奪われたわけだし」 
 アイシャの言葉に言葉をのむ要。その様子を見ながら笑顔のカウラが一番早くヨハン達から朝食をトレーに受けて一番手前のテーブルに着いた。
「カウラちゃん……」 
「早く食べろ。ランニングをするなら食べてしばらくは動かない方が良いんだろ?」 
 平然と食を進めるカウラに要とアイシャは顔を見合わせると並んでいた島田達整備班員ににらみを利かせてそのまま割り込む。
「神前!オメエも早く食え」 
 要の言葉に苦笑いを浮かべると誠はそのまま列に並ばされた。
「でも……ランニングから帰ってから食事の方が良いんじゃないの、ホントは」 
 アイシャの何気ない言葉に要の頬がぴくりと震えた。
「考えてなかったみたいだな……」 
「一応俺達は生身なんで……食べてすぐに運動すると腹痛を起こすかも知れませんよ」 
 カウラと島田の言葉が呆然と立ち尽くす要に止めを刺した。
「うるせえ!朝食は大事だ!後で出勤の準備の時間が無くなると困るだろ?」
「いい訳ですね」 
 要の理屈をそう切って捨てるとヨハンはさっさと黒パンを口に投げ入れた。それを見ながらアイシャは何事も無かったかのようにカウラの隣に座って食べ始める。
「早くしなさいよ。冷めちゃうわよ」 
 アイシャのちゃっかりした態度に切れそうになる要を見ながら誠も彼女の正面に座ってスープをすすることになった。
「なんでこんな事に……」 
 誠の愚痴にただカウラとアイシャは苦笑いで答えることしかできなかった。


 低殺傷火器(ローリーサルウェポン)61


「予想通り……たるんでるな」 
 要は余裕の表情でつぶやいた。彼女の気まぐれに付き合わされた寮の住人はランニングから戻ると我慢していた腹痛に襲われて食堂に突っ伏していた。あの不死身の島田でさえも顔色を青くしてテーブルに突っ伏せている。これが真冬の出来事だからまだ誰も要に食ってかかることはなかったが、これが真夏の出来事ならば一騒動あっただろう。誠は取り合えず腹痛もなかったが、ただ苦笑いを浮かべながら椅子の上で息を整えつつ様子をうかがっていた。
「気合が足りねえな」 
 たたみ掛けるようにそう言うとまた周りを見回す要。
「これが気合の問題?生理現象でしょうが」 
 涼しい顔の要にアイシャが青い顔で突っ込みを入れた。いつもは平然と笑っているだけの彼女の右手も脇腹に当てられている。相当苦しいらしく冷や汗のようなものさえ浮かんでいるのが見える。
 部屋中の空気はアイシャに味方していた。冷たい視線が要を取り巻く。さすがに自己中心的な要も雰囲気だけは分かるのか、アイシャに浴びせようとしていた罵声を飲み込んでただ黙り込んでいる。
「単に自分の義体の慣らしに全員をつき合わせたかっただけだろ。そう言うことなら自分一人でやれ」 
 カウラの一言。アイシャを始め、食堂の人々が大きく頷く。要は状況不利と悟るとただ乾いた笑みを浮かべていた。
 疲労感が部屋中を支配している。ただ一人元気な要はとりあえず話題を変えようと目をつぶった。彼女の脳と直結するネット情報。おそらくは話題を変えてくるだろう。誠も要の小手先のごまかしには騙されまいと身構えて彼女が口を開くのを待った。
「それより……面白い話があるんだが……」
 誠の予想通り、どこか彼女らしくもなく遠慮がちに要が口を開いた。 
「なによ要ちゃん。これ以上何か変なことがしたいわけ?つまらない話なら本当に怒るわよ」 
 いつもは騒動を起こす側のアイシャのその態度に誠は少しばかりおかしく感じながらもどう話が続くのか見守ることにした。要もこのくらいのアイシャの態度は想像していたらしく苦笑いを浮かべながらもったいぶることもせずに左腕の端末を起動させ立体画面を表示させた。
「こいつだ……どう思う?」
「遼州同盟の人権機構の声明?例の東和の間抜けな法術師が起こしたトラブルの帳尻あわせでしょ?それで何か動きがあったわけ?どうせろくな事じゃないんでしょ、その様子だと」 
 アイシャは小さな画面の詳細を見ようと立ち上がるとそのままよたよたと要の腕の上に展開された画面に顔を近づけた。わざと見えにくいというように責めるような視線を要に向けるアイシャ。
「こうすれば見えるだろ?」 
「見えるけど……ちょっともう少し腕を上げて」 
 人造人間の強化された視力ならば余裕で読めているはずの画面をまるで見えないというように角度を変えて何度も覗き込むアイシャ。その姿にそれまで下手に出ていた要がまた苛立ちの表情を浮かべ始める。誠はもうもめ事はごめんだと逃げ出す心構えをしはじめた時だった。
「法術適正の強制化に反対する署名活動を始める?ずいぶんと消極的なお話ね。だからなんなのよ」