遼州戦記 保安隊日乗 6
アイシャの言葉は誠には届かなかった。そのまま部屋を飛び出した誠。階段付近からの北川の拳銃弾と奥のベッドからのライフルの銃弾が次々と銀色に輝く誠を覆う干渉空間に命中しては消える。
「神前……」
『誠?』
つぶやくカウラ。要は唯一自由の利くタレ目を誠に向けた。
『なんだありゃ?』
階段近くで北川が叫ぶ声が誠達にも聞こえてきた。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)58
「なんだろう……あれ?」
誠は自分のしていることが今ひとつよく分からなかった。展開された干渉空間に手が自然と伸びる。そこには一振りの剣があった。
「鳥毛一文字……」
手に触れた瞬間に誠は確信した。嵯峨から託された地球の日本で鍛えられたと言う名刀。誠は手にするままするすると鞘から刀身を引き出す。
「神前!」
カウラの言葉を浴びて誠の周りの空間が飛び散った。両側から掃射が行なわれる。だが誠にはそれはぬるい攻撃に見えた。
『なんだか時が……ゆっくり流れるんだな』
空中を流れるように進む弾丸が見て取れる。誠はすばやく身を翻しそれを避けた。そしてそのままゆっくりとベッドの後ろに隠れているサイボーグに走り寄った。
恐怖の表情が米軍の軍服を着たサイボーグに浮かんでいるのが分かる。ゆっくりとライフルの銃口を誠に向けようとする動きが極めて緩慢でまるでスローモーションを見ているようだった。誠は余裕を持って剣をサイボーグの顔面の暗視ゴーグルに突き立てた。まるでケーキか何かにフォークを立てるような柔らかい感覚で刀が突き立てられる。
次の瞬間、サイボーグの顔面から血が勢いよく噴出した。隣では震えながら誠を見つめる水島の姿がある。
「な……なんで?あんた……何者だよ!」
誠はその水島の問いに答えることができなかった。確かに時間がゆっくりと流れる感覚があり、いつの間にかサイボーグを倒していた。息すら切らさず、先ほどまでの怯えも心の端から消え去っていた。
「水島勉……違法法術展開および殺人未遂容疑で逮捕する」
落ち着いての誠の一言。水島はただ腰を抜かして倒れていた。彼にはもはや頼るものは何もない。
「あんた……化け物だ!なんでそんなことができる!そしてなんで俺から力が見えないんだ!おかしい!これは何かの間違いだ!茶番だ!」
我を忘れて叫ぶ水島。その表情を見て困惑していた誠だが頭の中に何度か痛みたのを見逃すことは無かった。
「ここで僕の能力をハッキングしたらさらに公務執行妨害がつくぞ」
言い切った誠の言葉に水島は諦めたようにうなだれた。
「神前!応援が到着した!」
背後でカウラが叫んでいた。アイシャも満面の笑みで誠を見つめている。
「あちらも済んだのか……まあ『ギルド』もあなたの身柄が我々の手に落ちれば引くしか無いわけだけどね」
そうつぶやくと誠はただ呆然と立ち尽くした。
「水島。この馬鹿野郎!かけさせやがって!……と貴様を半殺しにする隊員は今は休眠中だ。ついているな」
カウラはそう言うと腰のベルトのポーチから手錠を取り出し水島にかける。水島は手を差し出したアイシャに引き起こされながらただ誠を見つめていた。
「あんたさえいなければこんな事にはならなかったんだ……」
誠の顔を見上げたその目は憤怒に満ちあふれていた。だが誠にその怒りにいい訳をする気力は無かった。不意に訪れた眠気。サイボーグのチタン製の頭蓋骨に突き立てられた刀に手を伸ばそうとするがその手は意識のコントロールを失ってそのまま空を切る。
「神前!」
カウラの声が耳の奥で遠くに聞こえるように感じながら誠は意識を失っていった。
低殺傷火器(ローリーサルウェポン)59
「起きたか……」
廃病院の中庭の仮設ベッドの上で誠は目を覚ました。時々誠の視界を赤い回転灯が照らす。すでに東都警察、保安隊警備部は到着しているようで捜査官や武装した警備部員が慌ただしく行き来するのが気配で感じられた。
「やはり北川とかは……?」
「逃げられちゃったわよ。まああちらとしたら無理をしてうちとやり合うつもりは端から無かったんでしょうけどね。機会さえあれば確保したかったというくらいのところだったんじゃないの?今回は」
アイシャが心配そうに毛布に包まれた誠を眺めている。
「やはり本気じゃ無かったんですね……僕がそんなに活躍できるわけ無いですからね……そう言えば西園寺さんは?」
「ああ、西園寺はそのまま義体の交換だそうだ。右腕は完全破損。腹部の人工消化器系も復旧不可能。ラボでの完全交換になる」
「工場で修理。まるでおもちゃみたいね……まあ私達も工場生まれ。お似合いの捜査チームだったってわけね」
カウラの冷静な声とアイシャのいつもの自嘲に誠は少しばかり安心して周りを眺めた。深夜の闇に廃病院の影が不気味に照らし出されて浮き上がって見える。先ほどまであの中で命のやりとりをしていた。そんな事実がまるで夢だったようにその黒い塊は静かに照明の中で佇んでいた。
「これで終りですね」
「そうなのか?」
浮かない顔のカウラに誠は少し首をひねっていた。
「法術の可能性が示されたんだ。今回の件で少なくとも東和では確実に今までは任意だった法術適性検査が強制になるだろうな。他の同盟諸国で任意制をとっている大麗、西モスレムも同調するだろう。場合によっては他の植民星系国家や地球にも影響を与えることにもなりかねない……私達にとってはこれでおわりだが、多くの人にとってはこれからが始まりなんだ。ちょうどお前が半年前胡州の叛乱艦隊に対して法術を使用したときと同じ状況だ」
カウラは唇を噛みしめつつつぶやく。そんなカウラに近くを通った警備部員から受け取ったコーヒーを差し出すアイシャ。その目もいつものふざけた調子は消えていた。
「全く……誠ちゃんも因果な星の下に生まれたものね。そうして人類は未知の能力者の存在に怯えて憎しみの中でのたうち回ることになる。別に力を欲しくてそう生まれたわけでも無いと言うのに力があるだけで憎まれ、力があるために憎む。今回の水島も連行する最中に散々誠ちゃんの悪口を喋り続けていたわよ。俺が犯罪者になったのは神前誠と言う化け物が勝手に力を使ったからだって……まあ拳銃強盗が銃の発明者を恨むような話だから気にすること無いわよ」
アイシャが力なく笑うのが見えた。誠はそれを見ながら上体を起こした。そして自分の枕元に剣が一振り置かれているのに気がついた。誠の意志に答えた鳥毛一文字。
「これ……僕が呼んだんですよね?」
「呼んだのか?まあ……そうかもしれないな」
「それだけの力がオメエさんにはあるんだよ」
そこに突然現れた長身の男。カウラが敬礼していることからそれが保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐であることが分かった。
「隊長……」
「いいよ寝ておけ。まあ……オメエさんが仕留めた義体だが……元アメリカ軍の兵隊さんだそうな。東和警察が手を出そうとするのを外交官特権で持って行きやがった……まあちんけな悪党一人のために外交問題を引き起こしても損なだけだから俺も黙っていたけどさ」
「元?」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 6 作家名:橋本 直



